数回前の号から家族システムの中で子の損傷を引き起こすメカニズムについて検討しています。これまでに「子の資源浪費」「ソフトなネグレクト」「ソフトな虐待」について説明しました。今回は「母子融合」という現象について説明します。
サユリさんの事例
不登校の事例を一つ紹介します(実際のケースをもとに再構成した架空の事例です)。サユリさんは中学2年生の女子です。とても素直で明るく、同級生からも好かれ、先生たちからも人柄の良さを高く評価されるような生徒でした。
ところが、2学期の後半になって不登校状態になりました。原因は不明です。担任の先生が家庭訪問をして話を聴くと「心配をかけてすみません。ちょっと体調が悪かったんです。明日から登校しますから」といいますが、翌日になっても登校できないという状態が続いていました。
この事例で特徴的だったことの一つは、お母さんの反応です。子どもの不登校という事態に、軽くパニックを起こしているかのような様子でした。毎日のように担任の先生に電話をかけてきて、子どもの心配な様子を数十分話すということが繰り返されていました。不安が強く、誰かに話しを聴いてもらわないと落ち着かないという様子でした。
一方、お父さんは比較的落ち着いている様子でした。「理由は不明だけれど、子どもが登校できないと言っているのでしばらく様子を見たいと思います。」と冷静な対応をされていました。
母子融合
特に思春期の不登校のケースの中には、このようにお母さんが過剰とも思える不安を表現される場合があります。こういうケースの場合、母子関係が不登校の背景となっていることがよくあるように思います。それは「母子融合」という状態です。
この場合「融合」という日本語の表現が適切かどうかは議論の分かれるところだと思いますが、意味するところは、「母子間の心理的な境界があいまいな状態」ということだと理解しています。
心理的境界
人は他者と何らかの関係を持つときに、心理的境界を設定して交流しています。心理的境界の設定とは「どういう情報をどれだけやり取りするか」ということです。初めて会った人には、あまりプライベートなことを深く尋ねたり、自分から話したりはしないものです。ある程度つきあいがあり、お互いのことが理解されてきて、信頼がおけると判断したら、次第にプライベートなことも話すようになってくるものです。それは、対人関係においてのトラブルを避けるためといえます。
このように、心理的境界を適度に設定することによって対人関係がコントロールされています。そうすると、2者の間の心理的境界は「適度な境界」「固い境界」「あいまいな境界」に分類できることになります。母子融合は「あいまいな境界」の状態にあると言っていいと思います。
あいまいな境界における情報共有
あいまいな境界の状態にある場合の問題点は、お互いに過度に情報がやり取りされてしまうということです。母子融合の場合で言えば、お母さんが不安になると、子どもも不安が強くなり、その不安がまた母親に影響する、といった形で、いわば相乗効果もあって互いのストレスを過剰共有してしまうということになります。
つまり、母子融合が強く働くと、子どもはお母さんのストレスを一部負担する形になってしまうということです。
子どもにとって、学校で勉強しほかの人と交流するというということは、それなりに大きなストレスになっています。自分の能力を最大限使ってそのストレスに何とか対応しているというのは大半の子どもの状態ではないでしょうか。母子融合が働くということは、子どもが学校で対処しているストレスに加えてお母さんのストレスの一部も対処しなくてはいけなくなるということです。たいていの場合、それは能力オーバーとなり、高い緊張を生みます。その状態が一定期間続くと脳の疲労が蓄積し、登校できない状態になると考えられます。
思春期の課題
この母子融合は、思春期以降に問題となる現象です。学童期までは母子融合であっても、あまり問題にはなりません。むしろ、母親の心理的な保護を受けて安定した情緒をはぐくむことができます。
しかし、思春期になると、子どもが社会的に自律していくということが課題になります。その時には、母親の心理的保護を破っていくことが必要になります。つまり、思春期において母子融合が問題となるのは、社会的自立という課題の達成が難しくなるからといえます。
また、母子融合という用語からは、お母さんとの関係だけが問題のよう思われますが、実際には家族システム全体の問題が母子融合という状態を引き起こしています。
これらのことについては、次回以降検討していきたいと思います。