前回は、子の損傷のメカニズムの一つとして「ソフトなネグレクト」について紹介しました。今回はそれに近いメカニズムとして「ソフトな虐待」について検討します。
ネグレクトと虐待
ネグレクトと虐待の違いについては、おそらくご存じだろうと思います。ネグレクトは養育放棄です。つまり、「子の発育・発達に必要な資源を与えない」ということです。具体的には、発育に必要な食べ物を与えない、おむつを替えない、赤ん坊が泣いても知らんぷりをしている、などです。発育上にも発達上にも深刻な問題を生じます。もちろんこういう事例では児童相談所が介入して保護措置が行われることになります。
「ソフトなネグレクト」と呼んでいるのは、その程度がより軽く、どの家庭においても起こりうる事象で、健全な発育・発達に必要な資源を与えないということで、「好き嫌いがあっても改善する努力をしない」「夜更かしする子どもを寝かす努力をしない」「好奇心の発現によっていろいろと聞いてきても応えない」などを指しています。詳細は前回(2024年12月号)を参照してください。
これに対して虐待というのは、言葉(心理的虐待)や暴力(身体的虐待)によって子どもを傷つける行為です。場合によっては性的虐待も含まれます。
虐待の場合には、子に必要な資源を与えないだけではなく「保護者が子を資源として利用する」ということだと言えます。以前考察したように、人は攻撃によって資源を攻撃対象から奪うことができます。いじめがなかなか解消しないのは、それが簡単に資源を回復する手段となりうるからだと思います。
ソフトな虐待
ソフトな虐待というのも私が使っている用語です。ソフトなネグレクトと同じく、児童相談所が介入するほどではない、どの家庭においても起こりうる事象を指しています。
具体的によく見られるソフトな虐待の例は「ディスカウント(値引き)」です。子の価値を正当に評価せず、不当に値引きしてしまうことです。
例えば、子どもが本人なりに勉強を頑張ってテストで85点を取ってきたとします。このとき「よく頑張ったね」と子どもの努力を評価してあげればよいのですが「どうしてあと15点取れなかったの!」とか「頑張っても85点どまりなんだよね」などと評価するのは、子どもの努力に対する不当な値引きだと言えるでしょう。
あるいは、子どもが家庭内でルール違反をしたり、注意されるべき行動をとった時、必要以上にきつい口調で叱責するようなことも起こりがちだと思います。叱責した後、保護者も少し冷静になって「あの時少し言い過ぎたな」と反省することもあると思います。そういう場合は、「子どものために注意をした」ということ以上に、保護者自身の資源不足を子を攻撃するという行動によって補充したということでしょう。
問題の発生と固定化
前回のソフトなネグレクトの解説において説明した通り、ソフトな虐待も、どの家庭においても起こりうる一般的な現象です。親が資源不足になっているときには、子どもの努力を素直に評価することが難しくなっていたり、必要以上にきつい口調で叱責したりすることになりがちです。
ただ、これが一過性のものであれば問題はありません。親が「少し言い過ぎたかな」と、後になって反省できたら、子どもに対して「あの時は少し言い過ぎた。ごめんね」と正直に謝罪すれば、子どもに対するダメージは回復できると思います。
問題は、これが一過性のものではなく恒常化してしまった場合です。資源の不足が恒常的になっていると、ソフトな虐待が繰り返されます。そうすると、当然子どもも不安定になり、何らかの問題行動を表出しがちになってきます。頭痛や腹痛などの身体表現という形になることもありますし、学校で友達とのトラブルが頻発するなどの行動化につながることもあります。
その場合、子どもが表出している問題行動が、自分たちのソフトな虐待によって生じているということを自覚できれば、解決に向かうこともできますが、「家庭の問題は子どもの問題行動」という形で意味づけされると、問題を解決することが難しくなります。子どもの問題行動という「病状」の利得によって、家族全体の資源不足という本来の問題に取り組むことを回避し、家族システムの安定を図ることができるからです。この病状利得のメカニズムによって子どもの問題が固定化されることになります。
家族システムという視点からのアプローチ
子どもが問題を表出している場合、背景にはソフトなネグレクトやソフトな虐待といった、家族システム全体の問題が強く関係している場合があります。この場合、子ども自身にアプローチするだけでは、なかなか問題解消にはつながりません。家族システム全体、特に保護者に対するアプローチが非常に重要になってきます。その点については、今後の記事で検討していきたいと思います。