とらすと通信

とらすと通信2024年11月号「システム理論と家族システム(9)病状利得」

前回から「子の損傷」について考察しています。前回は子の資源浪費という現象によって子が病状を呈するようになる場合がある、ということを説明しました。今回は、そのような問題が固定化するメカニズムについて考察します。

加奈子さんの事例

加奈子さんは高校3年生の女子です。1学期の体育時間に過呼吸を起こして倒れてしまいました。過呼吸が起こったのはそれが人生初でした。
学校における人間関係や学習上の課題について尋ねてみましたが、特に問題はなさそうでした。

家族の状況について聞いてみると、3世代同居で、お母さんとおばあちゃんの折り合いがあまりよくなく、それが原因で離婚協議が繰り返されているということがわかりました。最初の過呼吸の数日前にも、お父さんとお母さんの間で離婚の話あいが行われていたことがわかりました。

最初の過呼吸がきっかけになったのかもしれませんが、その後何度も過呼吸が繰りかえされました。そして、過呼吸が起こった時、その数日前に家で離婚協議が行われていたりすることが多かったこともわかりました。

病状利得

子どもの抱える問題に対応をしていると、時々この加奈子さんのような事例にあたります。

この場合、なぜ過呼吸が繰り替えされたのでしょうか。ヒントとなるのが、「病状利得」という概念です。

普通「病状」というのは、マイナスの状態です。例えば、子どものときに熱をだして学校をお休みしたという経験はたいていの方がお持ちだと思います。熱を出すというのは、子どもにとって体の負担になり、もちろん望ましくない状態です。また学校が楽しみであったとすれば、登校できないこともマイナスになります。

しかし、両親がいつもは忙しくてあまり相手をしてくれていない場合、熱を出した子どもが不憫でいつもよりかまってくれたり優しくしてくれるということはよくあることです。そうすると、そのことは子どもにとって「利得」ということになります。

つまり、「病状」や「問題」といったものは、マイナスの面が大きいわけですが、それだけではなく、同時に「利得」が発生するという側面もあるということです。これを「病状利得」と呼んでいます。

繰り返される過呼吸の「利得」

先ほどの「熱を出したことで親がかまってくれる」というのは、子ども自身にとっての利得です。では、加奈子さんの過呼吸にはどんな利得が考えられるでしょうか。

家族間の緊張が高く、両親が離婚の話し合いになったとき、子どもが過呼吸という問題を呈すると何が起こるかというと、夫婦間の問題を一時棚上げにして、子どもの問題を何とかしようと一緒になって考える、ということが起こります。つまり、夫婦がお互いの問題に対峙することを一時的に回避することが可能になるわけです。

この場合、加奈子さんの過呼吸という問題が、離婚という「家族システムの崩壊」を防ぐ役割を果たしている、という見方が可能です。

病状の固定化

このように、子どもが病状を呈することによって、家族システム全体が守られるというメカニズムが働いた場合、子どもの病状が固定化しやすくなります。

前回説明した「子の資源浪費」によって子どもに病状が生じている場合も同様です。病状が一過性のものであれば、大きな問題にはなりません。しかし、それが繰り返されることにより、家族全体の資源不足が根本的な問題であるのに、それが「子どもの病状が家族の問題だ」という形ですり替えが起こると、子どもの病状が固定化するということになります。

このように、家族全体の問題が子どもの病状という形で表出する場合、多くは子どもの病状が家族システム全体を守る働きをしていることがよくあります。

したがって、子どもが問題を表出している場合、それが、子ども自身の特性や学校生活上の課題にに大きく起因しているのか、家族システムの問題が子どもの問題として表出しているのかを明確にして対応を考えていく必要があります。