前回まで、資源が不足した場合の家族システムの反応のうち、親世代に生じる問題(①配偶者不適応、②夫婦衝突、③夫婦感情遊離)について説明してきました。しかしながら、ほとんどの場合、資源不足から生じる問題が親世代にとどまることはなく、子どもを巻き込んで問題が表出して来ます。家族心理学ではこれを「④子の損傷」と呼んでいます。今月から子の損傷について説明していきます。
母子家庭のF君の事例
次の事例は、子どもの保有資源(能力)や学校での人間関係や学習状況、家族関係などに特に大きな課題はないのに、子どもが問題を抱えているケースです。現場で子どもたちに対応していると、時々こういうケースに遭遇します。原因がわからず、周りの大人はどういう対応をすればよいのか戸惑うことになります。なお、紹介している事例は、実際の事例を基にした架空の事例です。
【事例】中学3年男子F君。1学期まで特に問題はなかったが、2学期になり「気力がわかない」ということで欠席がちに。本人も原因がわからず「やる気が出せない自分が悪い」と自分を責めている。成績は平均の少し上、友達関係も良好。離婚による母子家庭で、兄(高1)、本人の3人家族。兄がお金のかかる私立高校に進学したため、経済的に苦しくなり、母親が昼間の仕事に加え夜もアルバイトをするようになった。
まず、考えるべきは、家族全体の資源の状態です。家族の保有資源ですが、単身家庭であり、単純計算で両親のそろっている家族の約半分ということになります。次に消費資源ですが、主に仕事で家族外に持ち出されます。経済維持のため、母親が一人で昼も夜も働くダブルワークをこなしています。どう考えても家族の資源は大幅に不足している状態でしょう。
子どもは、親や周りの大人が多量に資源を供給することでやっと安定した状態を維持できる存在です。まだ社会的に自立できていないからです。この家族の場合、大幅に資源不足の状態ですので、親がF君に資源を供給して支えることが難しい状態です。
さらに、不足した資源はどうにかして補充しなくてはなりません。それはどこから補充されるかというと、この場合子どもから補充するしか選択肢がありません。となると、家族の資源不足を解消するために、必然的に子どもの資源が利用されることになってしまいます。F君の無気力の背景にはこのことが大きく影響していると推測されます。
資源の共有
ここで、資源の働き方についての重要な原理が導きだされます。それは、資源は個人のものであるだけではなく、集団において共有されるものでもある、ということです。
資源とは「能力と時間」です。F君の事例の場合、家族の資源不足によりF君の能力が低下するということが起こりました。つまり、F君の資源が減少したわけです。
このように、資源は個人のものであると同時に、集団内で共有されるものでもあると考えることができます。
この資源の共有という原理は、家族システムにおいて特に強く働くと思われます。家族システムは他の集団システムに比べて、きわめて情緒的結びつきの強い集団システムです。そのことが資源の共有という原理を強いものにしていると考えられます。
子の資源浪費
F君のケースのように、家族内の資源が不足してくると、それを補充するために、親も子も意図せずに子どもの資源が使われてしまうということが起こります。これを「子の資源浪費」と呼んでいます。こういうケースでは、学校生活や家族関係などに特に目立った問題はありません。また、本人の特性や成育歴などにも特に問題がない場合がほとんどです。したがって、F君のように「自分が甘えている」という風に子ども自身が自分を責めることになりがちです。また周りも同じように考えて本人に厳しく当たりがちになります。そうなると、それが二次的なストレスとなって、ただでさえ減少している資源がさらに浪費されることになります。
また、資源浪費の対象となる子どもは、きょうだいのうち特定の子どもに偏る傾向があります。F君の場合、兄との2人きょうだいなわけですが、兄よりもF君の資源が多く使われていると思われます。推測ですが、おそらく母親にとって兄は長男として「頼りにする」対象であり、弟であるF君は子どもとして「かわいい」対象ということなのではないかと思います。頼りである兄が不調になると家族としては困るわけです。
病状の固定化
F君のような問題が、一過性のものであればそれほど大きな問題にはなりません。しかし、多くの場合、その状態は継続されます。そうすると「病状利得」という原理によって、子どもの病状が固定化するという結果になりがちです。F君が無気力な状態を呈することによって家族システム全体が安定するというパターンが出来上がります。病状利得については次回以降説明したいと思います。