とらすと通信

とらすと通信2023年10月号「母性と父性」

女性と男性の心理的な生物学的性差は、親という立場になったとき、母性や父性として働くことになります。子どもの発達を考える上で、母性と父性の働きを理解することは極めて重要だと思います。

とらすと通信2023年10月号「母性と父性」

最近は、ジェンダーフリーの立場から、子どもに対する影響力はどちらも同じであるという文脈で語られることが多いと思います。

先月まで書いてきたことから、筆者は、男性と女性には心理的にも生物学的性差があると考えています。したがって、必然的に、母親が子どもに与える影響の源である母性と、父親が子どもに与える影響の源である父性とには、大きな違いがあると考えます。

母性と父性

母性のもつ大きな機能は「無差別に許容する・包み込む」ということではないでしょうか。母親は、子どもを自分の心理的な領域に抱え込み育てるということが自然に行われるように思います。何より、もともと母親と子どもは身体的にも一体の状態から出産を経て、一応分離した状態になるわけです。出産後、生物学的には分離しても心理的は一体の状態が続いて行くものと思われます。

母親の心理的な領域の中では、子どもの能力の優劣や良い悪いということは大して問題にはなりません。「無条件に子どもが可愛い・いとおしい」というのが母性の本質と言ってもよいではないでしょうか。

それに対して父性の大きな機能は「能力や善悪などを切り分け秩序付ける」ということではないでしょうか。どちらかというと、「子どもの行動に対して能力や善悪に対する評価を行い、訓練する」という心遣いをする面が大きいと思います。「子どもが社会において機能できるように訓練する」というのが父性の本質と言ってもよいかと思います。

乳幼児期と母性

そうすると、子どもの発達段階において、母性と父性が強く働くべき時期が異なることになります。

乳幼児期は、やはり母性が強く働く必要があるでしょう。まずは、子どもが、自分を取り巻く世界に対し無条件の信頼を向け、そして自分がこの世界に存在してよいのだという無条件の肯定感をはぐくむ必要があります。そのために必要なことは、無条件に子どもを受け入れるという母性の働きです。豊かな母性が強く働くことで、子ども自身が、不安の少ない安定した情緒の状態で自己肯定感はぐくむことが可能になります。

この、ある意味心理的に母子一体となっている状態は、学童期まで続いていくと思われます。出産によって生物学的には母子が分離していますが、心理的にはまだ母体の中で守られている状態と言ってよいかと思います。

思春期と父性

しかし、心理的な母子一体の状態はいずれ変化し、子どもが母親の心理的母体から分離していかねばなりません。いつまでも母親の心理的母体の中に守られていたのでは、個人として社会で生きていくことは難しくなるからです。これは第2の出産と言ってもよいかもしれません。これが思春期です。

この時に必要となるのが父性の関与です。以前の記事に書いたように、社会組織は主に男性原理で構成されています。したがって、父親が持っているその社会的機能を子どもが取り入れ、社会性を発達させ、同時に心理的母体からの分離を果たすという作業が可能になります。

母なるもの・父なるもの

このように、子どもの発達段階によって必要とされるものが異なることを十分の理解しておく必要があります。

乳幼児の子育てに父親が関与することは非常に良いことだと思いますが、しかし、父親が完全に母親の代わりをすることができるかというと、それはかなり限界があると思います。同様に、母親が父親の代わりをすることも同じです。

では、さまざまな事情で母親もしくは父親が不在の家庭ではどうすればよいのか。そういう家庭は条件的に不利であることは確かです。しかし、母性や父性は必ずしも実の母親・父親でなくても発揮できます。親族のおじさんやおばさんが親の代わりをすることも可能でしょう。また、児童養護施設の女性スタッフや男性スタッフが母性や父性を発揮することも可能です。つまり、母性や父性は、実の父母でなくても「母なるもの」「父なるもの」が働けばよいということだと思います。