とらすと通信

とらすと通信2022年10月号「ポジティブ行動支援(2)」

前回からポジティブ行動支援について書いています。今回は、ポジティブ行動支援のベースとなっている応用行動分析について紹介したいと思います。

とらすと通信2022年10月号「ポジティブ行動支援(2)」

行動を科学する

ポジティブ行動支援の理論的背景となっているのは応用行動分析学という理論です。応用行動分析は、観察することが不可能な「心がどのような働きをするか」については「わからない」という立場で保留し、観察可能な「行動」に着目して分析を行う理論です。そういう意味で臨床心理学などとは一線を画したものと言えます。

臨床心理学は心そのものを対象にし、心の構造や機能がどうなっているかを臨床の蓄積から推測しますが、その方法論の性格上どうしても主観的な判断が入ってしまうことは否めません。そこで心そのものは、いわばブラックボックスとして保留し観察可能な行動にのみ着目するという手法は科学的な分析を可能にします。そういう意味ではより客観性が高い理論構築が可能な方法論だと言えます。

ABC分析

応用行動分析では、行動を理解する際にABC分析という枠組みを使います。

ある行動が生じるには、必ずそれに先立った条件が生じています。例えば、お母さんに「お手伝いをお願い」と言われたことで、子どもが「お手伝いをする」という行動を起こしたとします。この場合、行動を起こすきっかけとなった、「お母さんにお手伝いを頼まれた」というできごとを「先行事象【A】」と言います。

次に、行動をすると、そのあとに必ず何らかの結果が生じます。例えば、お手伝いをしたことで「お母さんにほめられた」という結果が生じたとします。行動に伴う結果を「後続事象【C】」と言います。図式化すると次のようになります。

「お手伝いをお願い(先行事象【A】)→「お手伝いをする(行動【B】)」→「ほめられる(後続事象【C】)」

この場合、ほめられた子どもは「うれしい」と感じるでしょう。そうすると、お手伝いをするという行動が「強化される」ことになります。次もお手伝いをするという行動をとりやすくなると考えられます。

このように 先行事象【A】→行動【B】→後続事象【C】 という枠組みを使って人の行動を理解するのがABC分析です。ABCのそれぞれはどれも観察可能なものですから測定しデータ化することが可能です。

ABC分析の応用・・・先行事象【A】のコントロール

子どもの行動の中にあまり望ましくない行動が見られる場合、ABC分析ではその行動の先行事象【A】と後続事象【C】がどうなっているかを分析します。

男子高校生F君の事例を紹介します。F君は普段はとてもまじめに勉強にも取り組む生徒でした。しかし、入学後しばらくしてから時々授業中に奇声をあげたり立ち上がったりするような行動が見られるようになり、周囲の生徒や先生を困惑させるようになりました。

落ち着いてから本人を聞くと「自分自身もそうはしたくないのだが、どうしても我慢できずに奇声をあげたり立ち上がったりしてしまう」という返答でした。本人も困っていたわけです。奇声や立ち上がりは一種のパニック行動と思われ、状態から考えると何らかの発達障害的傾向があるものと推測されました。

この場合奇声や立ち上がりという行動【C】が引き起こされるにはそのきっかけとなっている先行事象【A】が存在するはずです。

担任や教科担任の先生方で情報を共有してみたところ、朝から急な時間割の変更などのスケジュール変更があったときにパニック行動が起こりやすいという傾向が分かりました。

急なスケジュール変更(先行事象【A】) → パニック行動【B】

そこで、授業に関係する先生方で話合い、そのクラスについては急な時間割変更などは極力避けることを申し合わせました。そうすることでF君のパニック行動は激減しました。それでもたまにパニック行動が起こることはありましたが、その場合には「授業を離れて保健室などでクールダウンをする」ということを申し合わせ、クラスの生徒や授業担当の先生方にもそのことを共有することで一定以上のパニック行動を抑えることができました。

このように、望ましくない行動【B】が見られる場合、先行事象【A】をコントロールすることで望ましくない行動を減少させることが可能になる場合があります。特に発達障害傾向のある子どもの場合には、非常に有効な方法論になります。

ABC分析の応用には後続事象【C】をコントロールする方法論もあり、ポジティブ行動支援を考える場合にはより重要なポイントになります。次回はその点について考察したいと思います。