とらすと通信

援助資源マップ ―子どもの自己資源(3)

前回、乳幼児期の発達課題は親(または親の代わりとなる特定の養育者)との濃密な接触により基本的信頼感を形成することだと説明しました。基本的信頼感の形成に失敗すると情緒的に不安定になったり、コミュニケーションに歪みが生じたりなど様々な課題が残されることになります。

とらすと通信2022年2月号「援助資源マップ ―子どもの自己資源(3)」

愛着障害

愛着とは心理学の分野では広く知られた概念であり、母親に代表される特定の養育者との間に形成される情緒的絆を意味します。乳幼児期における愛着形成の失敗による問題が愛着障害です。

この分野の研究で有名な米澤好史先生(和歌山大学教育学部教授)は「特定の誰か(例えば学校では特定の先生)が信頼関係を形成することで愛着障害の解消を図る」という方法論を提唱されています。また多くの事例でその方法論の有効性を実証されているようです。私もこの方法論は適切に実行されればかなり有効なのではないかという印象を持っています。しかし、残念ながら今のところ私自身はこの方法論の実行に関わったことがありません。これについては最後に参考文献を載せておきますので詳しくはそちらを参照していただけたらと思います。

コミュニケーションの歪み

基本的信頼感の形成に失敗した場合、かなりの割合でコミュニケーションパターンに歪みが生じるようです。最も多くみられるパターンの一つは、交流分析でいうところの「キック・ミー」というパターンだと思います。

キック・ミーとは直訳すれば「私を蹴って!」という意味になります。特に被虐待児には顕著にみられる特徴だと言われています。ほとんど無意識に相手を怒らせるような言動をしてしまうという交流パターンです。特に信頼関係ができてきた相手に対してそういう言動をとることが多いようです。
せっかく信頼関係ができてきた相手なのに怒らせてしまえば信頼関係は壊れかねません。本人にとっても相手にとっても何ら良いことはないのですが、なぜそういう行動をとってしまうのでしょうか。

交流分析では、心の深いところに「世界は自分を受け入れてくれない/自分を叩くものだ」という信念があるためだと説明しています。この信念のことを「脚本」と呼んでいます。人は自分の脚本を実現するように無意識に行動します。「人は自分を叩くものだ」という脚本を持っていれば、自分でも自覚なしに相手を怒らせるような言動をとり、相手がそれに反応して怒ると「やっぱり人は自分を叩くものだ」という信念を確認することができるわけです。そうやって脚本が強化されていくと考えられます。

また「信頼関係が深まっていくと相手の愛情を試そうとするためにそういう言動をとる」という説明がされることもあります。
どちらにしろこれはかなり深刻なコミュニケーションの歪みだと言えます。将来的に人との信頼関係を形成しようとしてもやがて破壊されていくことになり、孤独な人生を送らざるを得なくなります。

キック・ミーへの対処

交流分析の理解から考えると、子どもの言動によって周りが怒りを表すことにより子ども自身のネガティブな信念が強化されます。それが繰り返されることで歪んだコミュニケーションパターンは次第に定着してしまうことになります。

子どもの中の「人は自分を叩くものだ」というネガティブな信念は過去の交流において誤って学習されたものです。そういう交流パターンでないと人と関係が作れないと錯覚しているとも考えられます。したがって、「そういうネガティブな交流パターンをとらなくてもポジティブな行動をすることで周りから受け入れられる」というように脚本を書き直すことができればよいわけです。

脚本を書き直すためには大人の側が「子どもがとっている言動に対して怒りを返さない」「逆に子どもがとったポジティブな言動を見つけてしっかり肯定してあげる」という交流パターンを繰り返すとよいわけです。

コミュニケーションの歪みのある子どもとのつきあい方

これは言うほど簡単なことではありません。子どもは何とか怒らせようと様々な言動をとってきます。大人の側には忍耐が要求されるわけですが、最も重要なのは「怒りという感情を抑える」ということではなく、子どもの心や交流のメカニズムを深く理解するということです。子どもの言動に背景にあるものを深く理解すれば「そういう言動をとらざるを得ない状態なのだ」ということがわかります。その深い理解が感情をコントロールする鍵になります。

重要なことは関わる大人が以上のことを共通認識として理解して日常的に対応していくことだと思います。

また、上記に説明したような歪んだコミュニケーションは信頼関係が深まると強く出てくる傾向があります。したがって、子どもとの距離感をどの程度に保持しておくかを意識して付き合っていくことも重要だと思います。歪みが強く出始めたと感じたら少し距離を置き、落ち着いてからまた交流を再開するというような工夫も必要でしょう。


【参考文献】
「やさしくわかる!愛着障害 理解を深め、支援の基本を押さえる」2018年、米澤好史著、ほんの森出版
「事例でわかる!愛着障害 現場で生かせる理論と支援を」2020年、米澤好史著、ほんの森出版