とらすと通信

とらすと通信2025年5月号「システム理論と家族システム(15)円環的因果律」

前回まで母子融合の家族構造について検討してきました。母子融合が生じている家族構造では、同時に父子遊離という状態があり、さらにその背景に夫婦感情遊離の状態があることが多いということでした。今回はこの母子融合・父子遊離・夫婦感情遊離の関係について考えます。

根本原因とは?

母子融合になっている家族システムにおいて、何がもっとも根本的な原因でしょうか?

母親が母子融合状態に陥る背景は、母親自身の孤独感があります。その孤独感の背景は夫婦の感情遊離です。夫婦の感情的交流が良好であれば、母親が孤独感を募らせることもないからです。

一方父子遊離が生じているのは、母子融合によって母親と子どもがいわば一体化しており、さらに夫婦感情遊離によって、夫婦間の感情的交流が希薄になっているからです。もし父親が父子の遊離状態を解消しようとして子どもとの交流を強化しようとしても、簡単にはいかないでしょう。

そして、母子融合、父子遊離という状態によって、子どもに過度の負担がかかるという問題があるものの、一応家族システムは安定した状態になっています。そうすることで夫婦感情遊離という状態が維持されてしまいます。

このように見ていくと、母子融合・父子遊離・夫婦感情遊離という3つの状態は、どこが根本原因であるとは言えないということがわかります。それぞれが原因となり結果となり、結果がさらに原因となる、という関係にあります。つまり、原因と結果が円環状にぐるぐる回っているという関係になります。このような因果関係を円環的因果律といいます。

円環的因果律

因果律とは、原因と結果の間には一定の関係が存在するという原理です。因果律の理解には、2種類あります。直線的因果律と円環的因果律です。

直線的因果律とは、原因aが結果bを生じ、それが次の原因bとなって結果cを生じる・・・という形で直線的に因果律を理解するものです。この場合、結果cの根本的原因は原因aである、と特定されます。

円環的因果律とは、原因aが結果bを生じr、それが次の原因bとなって結果aを生じる・・・という形で円環的に因果律を理解するものです。この場合には、根本的原因は特定できません。a,b,cのどれもが原因であって結果であるという形になります。いわゆる「タマゴが先かニワトリが先か」というレトリックに近いかもしれません。

2者関係では次のような例が挙げられます。「子ども;着替えがうまくできない」→「お母さん:叱責する」→「子ども:自信をなくしてますますうまくできなくなる」→「お母さん:さらに叱責する」。これは負のスパイラルと言ってもいいでしょう。

母子融合・父子遊離・夫婦感情遊離、という現象の関係性はまさに円環的因果律によって生じています。

悪者をつくらない

母子融合の家族を相手に子どもの援助を行っている場合、援助者が考えやすいこととしては①「お母さんが子離れできなていない(母子融合)のが原因」もしくは②「お父さんが子どものしっかり関われていない(父子遊離)のが原因」ということです。(このケースの場合には夫婦関係の問題は表面化していないことが多いので、③「夫婦感情遊離」に目が行くことはあまりありません。)

しかし、この①、②は、どちらも間違いではありませんが、固定的原因ではないということになります。むしろ、原因を①、②、③のどれかに固定化してしまうと、家族構造が固定化され、解決が難しくなります。これが重要な点です。

要するに、誰かを悪者にすると、システムが固定化され、解決が難しくなるわけです。実際には、誰かが悪いわけではなく、それぞれが円環的因果律の罠にはまっており、抜け出せなくなっていることが問題なわけです。

私たちは、何か好ましくない事象が起こった時、悪者(原因)を見つけようとしがちです。そうすることで一定の安心が得られるからでしょう。しかし、誰かを悪者にするという試みは問題を固定化し、解決を遠ざけてしまうことになるということを理解しておくことが重要だと思います。

直線的因果律か円環的因果律か

ところで、直線的因果律というのは存在するのでしょうか?仏教においては、因縁因果というものが説かれてきました。「自分の行いはすべて回りまわっていずれ自分に返ってくる」という考え方です。これはまさしく円環的因果律の考え方です。直線的因果律といのは、その円環の一部だけ切り取ってみることでそのように見える、ということです。仏教においては、因果関係というものはすべて円環であると説かれてきたわけです。

現代は、何事においても原因を特定し、それを排除しようとする傾向が強くなっている気がします。それが、一部の人に対する過度な攻撃を生じているようにも思われます。

筆者は仏教徒として円環的因果律で物事を理解しようと努めていますが、皆さんはどうお考えでしょうか。