とらすと通信

「資源の増減-思いやりの気持ちと行動が資源を増加させる-」

「思いやりや祈りなどのポジティブな感情とそれに基づく行動」は資源を増大させ,「怒りや憎しみなどのネガティブな感情とそれに基づく行動」は資源を減少させます。それを裏づける知見を脳生理学から得ることができます。

とらすと通信 2018年8月号 「資源の増減-思いやりの気持ちと行動が資源を増加させる-」

ここ数回は,資源の増加と減少について書いています。6月号の中で,資源を減少させるものとして「怒りや憎しみなどの感情」「悪口や嘘などの行動」,資源を増加させるものとして「思いやりや祈り」「社会貢献やボランティアなどの行動」を挙げました。今回はこのことについて書きます。

争いが生じる原因・・・人が求める資源は有限である

この世界で生きていくためには,「衣食住」という「資源(財)」が必要です。さらに満足を得るために求められるものとして「お金」「地位」「名誉」そして「配偶者」などがあります。誰しもこれらのものを求めています。

しかし,これらの資源は有限です。したがって,有限な資源をもとめて競争が生じることになります。その側面からみればこの世界は確かに争いの世界です。争いに勝ったものがより多くの資源を得られるとすれば,幸福な人は「争いに勝利した人」ということになるでしょう。確かにそれも一面の事実だと思います。

「怒りや憎しみ」は身体を痛め,幸福感を低下させる

しかし,近年の生理学や脳生理学の知見からは別の側面が見えてきます。

「怒り・妬み・恐れ・不安」といったネガティブな感情を持つと,「ストレス物質」であるコルチゾールというホルモンが分泌されます。コルチゾールはストレスに対抗できるように体を調整しますが,過剰に分泌が続くと,脳の中で「記憶」に重要な働きをしている「海馬」が委縮してしまうことがわかったそうです。また,コルチゾールは免疫機能を抑制することもわかっています。

争いに意識を向けると,アドレナリンやノルアドレナリンという神経物質の濃度が高まります。これらは,体を戦闘態勢にするために「血圧」や「血糖値」を上げます。これも長期に続くと高血圧や糖尿量,血管系の疾患のリスクを高めることになります。

つまり,「争い」にのみ意識を向けて生活をしていると,結果として自分自身の体を痛めることになるようです。また,幸福感は低下します。

「思いやりや祈り」は身体を安定させ,幸福感を高める

逆に,「人の幸福を願うような優しい気持ち」や「祈りの気持ち」を抱いているときには,脳内に「快感物質」であるエンドルフィンや「愛情ホルモン」とよばれる「オキシトシン」が分泌されるようです。これらの神経物質は,快感や幸福感を生じさせます。同時に,血圧や血糖値を落ち着かせ,体を休息的な状態にし,健康に近づけます。また,記憶力が高められるという研究結果も出てきているようです。

進化心理学が教えること

このように近年の生理学・脳生理学の知見からも次のことが明らかです。

「怒りや憎しみ」などのネガティブな感情が持続することは,身体を痛め,幸福感を減少させます。つまり資源は減少します。逆に「思いやりや祈り」という利他的感情は身体を安定させ,幸福感を生みます。つまり資源は増大します。このことは,「争いに勝利した者が多くの資源を得られる」という事実と矛盾するようです。それに対する一つの答えは「進化心理学」から得ることができます。そのことについては次回書かせていただきます。

 

参考文献

脳科学からみた「祈り」』中野信子(脳科学者),2014年,潮出出版社