とらすと通信

とらすと通信2024年8月号「システム理論と家族システム(6)夫婦衝突」

前回は、家族システムにおいて資源が不足した場合に4つの反応パターンがあると説明しました。①配偶者不適応、②夫婦衝突、③夫婦感情遊離、④子の損傷 の4つです。前回は①配偶者不適応について説明しました。今回は、②夫婦衝突について検討します。

夫婦衝突

夫婦衝突とはいわゆる夫婦喧嘩のことです。結婚しているカップルで喧嘩をしたことがないという方はまれなのではないでしょうか。日本には昔から「夫婦喧嘩は犬も食わない」ということわざがあります。犬は大抵なんでも食べるけれど、その犬でさえ夫婦喧嘩は相手にしないという意味です。理由は、夫婦喧嘩はよくあることで、なおかつ大抵の場合すぐに和解することが多いからということでしょう。

夫婦喧嘩のきっかけはいろいろでしょうが、大抵はごくささいなことです。例えば、玄関の靴が乱雑になっていたとか、使ったタオルがリビングのイスの上に置きっぱなしだとか、そんなことが多いと思います。

たまにしか合わない他人であれば、そういう行動もそれほど腹は立たないでしょうが、常に一緒にいる家族だと、そういうささいなことでも許せない気持ちにはなりやすいと思います。

しかしながら、相手の同じ行動であっても、こちらの気持ちのゆとりがあるときは、喧嘩にはならないことが多いものです。相手に注意するとしても、優しい言い方でお願いをすると喧嘩にまではなりません。

つまり、相手のだらしない行動が夫婦喧嘩の原因のように感じられますが、それはきっかけにすぎず、本当のところは、こちらに気持ちのゆとりがないことが原因ということが多いということです。

なぜ、気持ちのゆとりがない状態になっているかというと、ストレス理論で言えばストレスがたまっているから、ということになります。例えば、仕事が忙しくてストレスがたまり、それを夫婦喧嘩という形で解消しようとしているということです。

では、これを資源供給の側面から考えるとどういうことになるでしょうか。仕事が忙しいということは、家庭外に持ち出す資源が過剰になっていることです。そうなると資源不足に陥ります。夫婦喧嘩は資源不足を解消するために生じるという風に理解することができます。

資源不足と攻撃行動

では、なぜ喧嘩をするということが資源不足の解消につながるのでしょうか。それは誰かを攻撃することによって資源を回復することができるからです。イライラしているとき=つまり資源が不足している状態のとき、誰かを直接攻撃したり、陰で悪口を言ったりという行動が起こりがちです。そして、相手を攻撃すると少し気持ちが楽になります。気持ちが楽になるということは、資源が増大したということです。

逆に攻撃された側は、嫌な気持ちになったり、落ち込んだりします。攻撃された側は資源が減少するということが言えます。

つまり、人は誰かを攻撃することによってその相手から資源を奪い取ることができるという風に理解することが可能です。

学校や会社でいじめがなかなかなくならないですが、いじめが起こるメカニズムもこれと同じと理解することができます。つまり資源が不足している人が、資源を回復させるため攻撃しやすい対象をみつけていじめるということです。

資源という概念

こう書くと、あたかも資源という実体が存在するかのようですが、資源はあくまで概念です。目に見える形で実体が存在しているわけではありません。ただ、資源という概念を使うことで、現象がより理解しやすくなるということです。例えば、現代では「ストレスがたまる」という表現をよく使いますが、ストレスも資源と同じく概念にすぎません。実体があるわけではないのです。ただ、ストレスという概念を想定し、それが「たまる」という風にイメージすると現象がより理解しやすくなるということです。資源概念についても同じように理解していただけたらと思います。

配偶者が攻撃対象になりやすい理由

資源を回復させるための攻撃対象は、基本的には誰でもいいわけです。では、なぜ配偶者が攻撃対象に選ばれやすいのでしょうか。逆説的ですが、配偶者が一番身近で信頼できる相手だからだと思います。

例えば、職場の同僚などに対して攻撃を向けると、信頼関係が比較的簡単に壊れます。そして、一度壊れた信頼関係を回復させるのはかなり大変です。しかし、信頼関係が強固な夫婦関係であれば、多少喧嘩をしても、信頼関係は簡単には崩れません。資源が少し回復し、落ち着いてから、謝罪をするなどして仲直りをすることはそれほど難しいことではありません。そのために夫婦喧嘩は犬も食わない、と言われてきたのでしょう。

夫婦衝突と夫婦感情遊離

夫婦喧嘩も、比較的軽いものであれば、繰り返されても関係修復は難しくありません。しかし、程度の強い夫婦喧嘩を繰り替えしていると、お互いだんだんそれが嫌になってきます。そうなってくると、次の段階は、お互いに極力感情的な交流を避けて生活をする、という形になりがちです。この状態が③夫婦感情遊離ということになります。