伊豆半島沖地震の発生から1ヶ月になりました。筆者は1995年の阪神淡路大震災ではボランティアとして参加しました。また2016年の熊本地震では被災者でもあり、県立高校の教諭として生徒たちの心のケアに取り組みました。また、スクールカウンセラーとしても、熊本地震の影響を受けたと思われる子どもたちのケアにも関わりました。今回はそれらの経験をもとに震災後の子どもたちの心のケアについて考えてみたいと思います。
とらすと通信2024年2月号「傷ついた子どもたちのために~震災後の子どもの心のケアについて~」
震災直後の体と心の反応
震災が心に与える影響について色々なことを体験し感じました。その中で大きく3つのことを書いてみたいと思います。
1番目は、「震災直後はけっこう元気」ということです。
私自身熊本地震を体験するまではあまり実感がなかったのですが、被災者となってみて感じたことは「気持ちも体は意外と元気」ということでした。むしろ、通常よりも気持ちが強くなっている感じでした。活動してもあまり疲れを感じることはありませんでしたし、気持ちが落ち込むようなこともありませんでした。
しかし、これは本当の意味での元気ではなかったと思います。人の体と心は大変な事態が起こったとき、それに対抗するためにショックな気持ちや感情を抑圧してしまうということでしょう。つまり体も心も「過活動」の状態にあったと思います。
したがって、この時期に体や心の反応に合わせて無理をしてしまうと、後で反動が大きく出てくると思います。自分の体と心が過活動の状態にあるということを自覚して、意識的に、動けると感じる活動の6~8割程度に抑えて活動することが重要と思います。
インフラと心の安定
2番目は、一方で、潜在的に心理的不安な状態が続くということです。
原因の大きなものとしては仕事などの経済生活も含め、水・食料・住居などのインフラが破壊され、復旧の見通しがたてにくいということによる不安です。平常時にはこれらのインフラは当たり前のものと享受していますが、いざそれが破壊されると、非常に不安になります。人の心理状態というものが、普段考えている以上にインフラによって支えられているということを実感しました。
地震の場合、本震のあとにも余震が長く続くこともこれに拍車をかけます。
対策としては、とにかく最低限のインフラの復旧を急いでもらうことだと思います。ただ、地域によってさまざまな条件によりインフラの復旧に時間がかかるところもあると思います。その場合でも、行政から復旧計画のタイムスケジュールを提示してもらうことが心理的安定に大きく寄与すると思います。見通しがたたないことが不安を増大させるからです。
子どもたちへの影響
3番目は、「最も心理的影響を受けやすいの子どもたち」ということです。
阪神淡路大震災の際には、ほんの2日ほどでしたが、数人のボランティアグループで避難所を訪問し、小学生の子どもたちの遊び相手になる活動に参加しました。
遊び始めは仲良く遊んでいるのですが、必ずそのうち2~3人ずつくらいのグループに分かれて喧嘩が始まります。そして、それぞれの子どもたちが大人のボランティアスタッフを独占しようとしたがる傾向にありました。もちろんその子たちの普段の様子は知らないのですが、おそらく普段はもっと仲良く遊んでいるのではないかと想像されました。
また、スクールカウンセラーとして活動する中で、熊本地震の影響を受けていると思われる小学生の相談を受けることが数例ありました。それも、地震後5年以上経ってからです。
多くは「地震に影響を受けたと思われる悪夢をみて怖い」「体育館の天井が落ちてきそうな気がして怖い」等の訴えでした。どのケースでも数回のカウンセリングで平常の状態を取り戻すことができましたが、5年以上経過してから反応が強く出ることもあるということも印象的でしたし、反応が出たときにケアがうまくいかないと一生影響を引きずる可能性もあると感じました。
子どもたちの心のケアのために
子どもは、まだ自我が未確定であり、環境の影響を強く受けやすい状態にあります。また大人たちの強いサポートを受けることができなければ心理的安定を保つことは難しい存在です。震災後は、大人たちが生活再建のためにいっぱいいっぱいになり、子どもたちのことを考えることが難しくなります。また大人自身が不安を抱えていれば、それが子どもたちの不安につながってしまいます。
したがって、子どもたちの心を安定させるためには、まずは大人ができるだけ早く不安から脱却し、生活再建と同時に子どもたちのケアについて考える心の余裕を取り戻す必要があります。そのためには、上に書いたように、大人自身が過活動であることを自覚して活動をある程度セーブすること、インフラの復旧を急ぐことと復旧に見通しを示すことなどが重要と思います。
子どもたち自身の生活ということで言えば、極力早く学校を再開させることが重要と思います。震災前に安定の基盤となっていた場所に戻すということです。震災後は学校が避難所となることもあり、再開に時間がかかることもありますが、できだけ早い再開が望ましいと思います。
安心回復のプログラム
みんなが不安を抱えているとき、最も強い支えとなるのは、暖かい人間関係です。安心できる状態での交流が最も心を安定させてくれます。筆者自身も、被災後家族や職場の同僚などと、たわいもない話をすることで気持ちが落ち着くことを、普段よりも強く感じました。信頼できる他者の存在のありがたさを再認識させられました。
学校が再開されて、仲良い友達と再会できるだけで相当に不安が軽減されると思います。合わせて、学校側の取組みとして、積極的に子どもたちどうしの交流を促進するグループワークのような働きかけは非常に効果的だと思います。
【グループワーク例】
① 3~6人くらいでグループを作ります。順番に、あるテーマについて話をします。
② テーマは「楽しかったこと」「うれしかったこと」などポジティブなテーマが良いでしょう。「悲しかったこと」などネガティブなテーマを扱うと、押さえている不安な感情が表面化してきてお互いに不安定になる可能性があります。
③ また、②のようにテーマを1つに絞ってもよいですし、「さいころトーキング」のように、いくつかのテーマを準備しておいて、各自さいころを振って出た数字のテーマについて話すようにすると、遊びの要素も加味されて楽しい雰囲気を演出しやすくなります。
④ ルールは「誰かが話しているときは話をさえぎったり批判したりせず、しっかり聴く」ということです。このルールを最初に提示することで子どもたちは安心して自分の気持ちを表出しやすくなります。
⑤ ポジティブなテーマについて話をしたとしても、押さえていた気持ちが表面化して泣き出したり、不安定になる子どもも出てくる可能性があります。その場合は保健室や相談室に移動して、養護教諭やスクールカウンセラーが話を聴いてあげられる体制を作っておくことも必要でしょう。
熊本地震の際筆者が勤務していた県立高校は震源に比較的近い場所にあり、自宅の被害を受けた生徒も多数在籍していました。幸い学校は1ヶ月くらいで再開できました。再開後、上記のストレス回復のためのグループワークを全クラスで、数日続けて実施してもらいました。同時にストレスチェック(アンケート)も実施していたのですが、再開後にストレス度が急激に低下したのが印象的でした。
震災後の心のケアとしては「リラクセーション」の方法がよく提示されています。もちろんそれも効果的ですが、人と人との暖かい交流によって安心を回復させる方法も非常に効果的と思います。学校が再開されたらぜひ取り組んでいただけたらと思います。