先日、筆者が所属する学校心理士会熊本支部主催の研修会で、菊田史子さん(一般社団法人「読み書き配慮」代表)という方のお話を聴く機会がありました。その中で「限局性学習症(学習障害・LD。以下LDと表記)」への支援について非常に有用な知見を得ることができましたので、今回はその内容と参考書籍等をご紹介したいと思います。
とらすと通信2024年1月号【書籍紹介】「読み書き困難のある子どもたちへの支援 ~子どもとICTをつなぐKIKUTAメソッド~」
菊田史子さんのこと
菊田史子さんは、現在「読み書き配慮」というLDの支援を行う法人の代表をされています。ご自身の息子さんが書字と読字に困難があるそうです。息子さんは学校での学習についていけず、お母さんである菊田さんご自身も相当な努力をして子どもの学習支援に当たられたようですが、なかなかうまくいかなかったようです。結果として息子さんは自尊感情も徐々に低下し、非常につらい状態にあったそうです。
それが5年生のとき、「タブレットで文字を書く」という方法に出会い、初めて光明が見えたといいます。手書きで文字を書くことが困難な息子さんもタブレットやパソコンのキーボード入力を使えば文字を書くことができることを発見したわけです。
そこから、菊田さんは、学校の授業や定期考査でのタブレットやパソコンの使用を学校に働きかけました。まだ学校現場にタブレット端末などが導入される前のことです。交渉には親子ともにかなりのエネルギーが必要だったようですが、粘り強く交渉し実現していかれました。
一番の難関は高校入試だったようですが、これも多くの私立学校を回り、交渉を重ねて、やっとパソコンを使っての受験許可を得、高校に入学。その後大学にも進学されています。
菊田さんは、ご自身のこの経験を広く公開することが、LDで苦しむ多くの子ども達と保護者の救いになると考え、「読み書き配慮」という団体を設立されました。現在全国各地での講演活動や、団体主催の研修会などを開催され、精力的にこの「KIKUTAメソッド」を広める活動をされているようです。
思考する能力とそれを文字に変換する能力
研修会を受講して新しく気づきを得たことがいくつかあります。
文字を書くことへの困難の理由には、2つのことが考えられます。思考する能力の発達に困難がある場合。これは知的障害です。もう一つは思考する能力には困難がなく、思考を文字に変換する能力に困難がある場合。これがLD(書字障害)ということになります。
書字障害の方は、話を「聴いて理解」し「思考」し「言葉を使って表現」することには困難は生じません。ただ、「思考を文字に変換する」というプロセスだけに困難があるわけです。
講演会で初めて理解できたことは、「キーボードを使えば書字障害が解消する」ということです。筆者自身、書字障害の解決策として機械を使うという発想がありませんでした。
また、質疑の時間で、「担任している子どもはローマ字を覚えることが困難。ローマ字を覚えずにキーボード入力はできないのでは?」という趣旨の質問がありました。筆者も「なるほどそうだな」と疑問に思ったのですが、それに対しての回答は「ローマ字を覚えようとするとかえって混乱する。キーボードは“キーの位置”で覚えるとよい」ということでした。
確かに、自分自身のことを考えてみると、キー入力でブラインドタッチをする場合には、ローマ字を意識しているわけではなく、どちらかというとキーの位置で入力内容を認識していると感じます。これにも新たな発見でした。
学校環境への適応とLD
スクールカウンセラーとして、学校環境への不適応を呈する子どもたちと多く接します。その中には一定の割合でLDの子ども達が見られます。コミュニケーションや思考能力には困難はないのに、読み書きに困難があるため、学校での学習についていけなくなり、自尊感情が低下することが主な原因で不登校などに陥るケースです。
先生も保護者も何とかしてあげようといろいろな手立てを尽くしておられますが、どれもうまくいかず、時間がたち、学習面の遅れだけが目立ってくることが大半です。また、中には単に「勉強ができない子」という認識でLDが見過ごされているケースも散見されます。不登校問題への対応としてLDへの対処が一つのカギになると思います。
障害とテクノロジー
人は、テクノロジーの力によってさまざまな問題を解決してきました。視力が低下したらメガネをかけることができます。足が不自由ならば車イスを使います。寝たきりで体も口も動かすことが難しい場合でも、視線の動きだけで文字入力をすることさえ可能です。
学校現場にもタブレットが導入され子どもたちは小さいころから使うことになれています。社会生活においても、文字を手書きするよりもキーボード入力することの方が多くなっています。思考を文字に変換するだけが困難なのであればタブレットやパソコンなどのテクノロジーを使い文字変換をすることに何の問題もないと考えます。
AIの発達で、音声入力や音声出力の技術も急速に進歩しています。今後はそういう入力方法も有効な手段となってくるかもしれません。
もちろん、読み書きの困難と言っても、その程度は様々です。困難の程度に合わせてできるだけ読み書きの訓練はした方がよいとは思います。ただ、一定以上困難がある場合には、手書きにこだわらずテクノロジーを使って学習を進める方が、子どものためではないかと考えます。また、そのためには、テクノロジーの進歩に合わせて学校現場の意識を変えていくことも強く求められるでしょう。
参考ホームページ・書籍紹介
○ホームページ:読み書き配慮 https://yomikaki.or.jp/
○「読み書き困難のある子どもたちへの支援 ~子どもとICTをつなぐKIKUTAメソッド~」菊田史子・河野俊寛著、金子書房、2023年。
○「これでピタっと! 気づけば伸ばせる学習障害 ~事例から学ぶ “解決” 教えたいのは挫折ではなく生きる力~」菊田 史子 (著)、Book Trip、2020年