とらすと通信

とらすと通信2023年12月号「学校制度について考える(2)」

日本の学校教育においては、学習指導要領が定められています。各学年ごとに習得させるべき内容の基準を示したものです。今回はこのしくみについて、学ぶ主体である個々の子どもの立場から考えてみたいと思います。

とらすと通信2023年12月号「学校制度について考える(2)」

学習指導要領によって学ぶべき基準が示され、それによって学校教育の質をある程度一定に保つことが可能になっています。例えば、転居によって転校する場合でも、同一学年であれば扱われている内容は基本的に同じですから、それほど大きな負担を感じることなく新しい学校で学習していくことも可能です。

個々の子どもの立場から学習指導要領を考える

そういう意味で、教育機関に一定の教育内容の基準を示すことは必要だと思います。

ただ、これを個々の子どもの立場から考えたらどうなるでしょうか。

教室においては30~40人という生徒が、同一年齢という理由で集められ、同じ内容を同じスピードで学習することが求められます。学習指導要領が定めている内容は、その年齢において習得可能だと推定されることを基準に定められていると思われます。しかし、その根拠が明確に示されているのかというとそうでもなさそうです。
同一学年の子どもであれば、理解するスピードや理解のスタイルが同一かというと、もちろんそうではありません。特に年齢が低いほど差が大きくなる傾向があります。

理解のスピード・理解のスタイル の違い

したがって、先生が授業を進めるとき、多くの場合その集団の平均ぐらいの子どもが理解できるような形で展開されることになります。そうなると、平均より少し理解のスピードが遅い子どもはどうしても授業についていけないことになります。

では、理解のスピードが遅い子どもが、理解ができないのかというと、そうでもありません。個別指導で時間をかけて丁寧に学習を進めていけば、大抵の内容は理解していくことが可能です。

それを補充するために学校で個別指導ができればいいですが、現在の学校の体制ではまず難しいでしょう。したがって、学校での学習進度についていくためには、個別指導の塾などで、学校で理解できなかった部分を補充していくなどの対応が必要になってきます。もしそれができない場合には、落ちこぼれていく可能性が高くなります。

逆に理解のスピードの速い子どももいます。そういう子どもからすると、学校の授業は退屈に感じられてしまうでしょう。しかし、1人だけ早いスピードで学習を進めることは好ましくないという雰囲気が生じてしまいます。そうなると、理解のスピードの速い子どもの知的好奇心が低下してしまう可能性があります。「勉強は退屈だ」という風に学習されてしまう可能性があるからです。

学習スタイルについても同じことが言えます。知能研究から明らかになっているように、学習において、視覚優位の子どももいれば、聴覚優位の子どももいます。しかし授業においては同じ環境で進められます。

特性の強い子どもへの対応

また、多動傾向や注意力に困難のあるある子どもは45分という時間集中を持続させることは困難です。しかし、授業においては椅子に座って授業を受けることが要求されます。難しい場合、叱責や注意が繰り返される結果本人の自己肯定感は低下していくことになりますし、他の子ども達も落ち着かないという学級全体に対する影響も生じます。

多くの人と関わることが苦手な子どももいます。これは学習とは直接関わりませんが、学級で多くの同級生と交流しなければいけない環境そのものが強いストレスを生む可能性があります。

子どもの立場からの教育改革を

これらのことが「多くの人数を一斉に指導する」という日本の学校教育の大きな課題だと思います。つまり、1人1人のニーズに合わせて指導のスタイルがデザインされるのではなく、最初に一斉指導という前提があり、その形態で授業を成立させるための方法論が採用され、子どもたちに同じスピードで理解をするよう強制される形になっているということです。

そして、前回書いたように、この一斉指導という形態が採用されている最も大きな理由は、少ない指導者が多数の子どもを一斉に指導する形態が経済効率がよいということです。そう考えると、経済効率のために子どもたちに大きな負担をかけているということになります。

もちろん、教育制度の見直しや現場レベルでの努力によって少しでも改善をしようという試みが続けられています。例えば、算数などの教科においての習熟度別のクラス編成であるとか、アクティブラーニングという形で教師と生徒という形だけではなく生徒同士のコミュニケーションによる学習効果を期待するとか、特別支援教育の充実とか、学習を補助する指導員の配置などです。

しかしながら、現状の学級の定員規模で、個々の子どもに合わせてきめ細かい指導を行うことはやはり難しいと考えます。やはり、教育予算をもっと拡充し、学級の定員を減らし、先生がもっときめ細かい配慮ができるくらいの数にする必要があるのではないでしょうか。

今までの教育改革に関する議論では、この視点からの意見がほとんど見られなかったと思います。今後この視点を取り入れた議論がなされ、政策に反映されることを期待したいと思います。