前回は、医学的な知見からトランスジェンダーをどう理解できるかという視点から性同一性について考えてみました。今回はその考察の続きです。
とらすと通信2023年8月号「脳の性分化と性同一性(2)」
今回トランスジェンダーを話題にしているのは、今まで私が出会った「トランスジェンダーと主張する女子」のほとんどが、脳は女性型なのではないかと感じられたからです。つまり、「医学的視点からは性同一性障害ではない」と感じることが多かったからです。もちろんそれは私の主観的な直観に過ぎず、客観的なデータがあるわけではありません。しかし、もし私の直観が正しかったとすると、子どもの訴えを早々と受け入れてトランスジェンダーとして扱うことは将来本人に強い葛藤を背負わせてしまう可能性があると思います。
脳の性差と心の性差のずれは何が問題か
人はそれぞれいろいろな特性や志向性を持っています。大人になる過程で自己イメージを確定していわゆる自我が作られていくと思いますが、もともと持っている特性や志向性とかけ離れた自己イメージを作ってしまうと、強い葛藤に陥ることになります。
例えばもともと「困っている人をサポートしたい」という志向性の強い人が、営業職で販売実績を競わされるような仕事についたら、その欲求を実現するのが難しく、強い葛藤に陥りがちになるでしょう。やはり、福祉や医療などの仕事の方が葛藤が少なくてすむと思います。また「テクノロジーに興味が強い。モノづくりがしたい」という志向性の強い人が福祉の仕事についても同じように強い葛藤に陥ってしまうでしょう。そういう人はエンジニアなどの技術者の方が無理がないと思われます。
つまり、成長過程で自己イメージを確定していく際に重要なのは、自分自身の特性や志向性をできるだけ正確に認知し、それに近い自己イメージを作っていくことであると言えます。脳が女性型であるのに、心は男性であるという自己イメージを作ってしまったら、非常に強い葛藤を常に抱えて生きていくことになります。
選べる条件・選べない条件
そもそも、我々は生まれた時からさまざまな条件のもとにあります。国籍、地域、両親、きょうだい、経済状況、容姿、などいろいろな条件が自分を支えていますし、制約を受けているとも言えます。
これらは生まれた後にある程度選択できるものもあれば、選択できないものもあります。両親などは選択できないものの最たるものですし、性別もそうです。そして、自分自身を支えている条件を受け入れることができなければそれも強い葛藤の原因となります。たとえ自分を支えている条件が嫌であったとしても、それを受け入れ、和解して生きていくのが実は幸せに生きていく近道ではないでしょうか。
これまで書いてきたように、医学的に体の性と心(脳)の性が一致しない状態はあり得ると思います。その場合には手術やホルモン治療などによって体の性を心の性に近づけるというのも治療の方法だと思います。
しかし、客観的には体の性と心(脳)の性は一致しているのに、その条件を受け入れられないという状態は非常に強い葛藤を生んでしまうでしょう。むしろ、体の性を受けいれられない理由を考え、自分の性別との和解を目指す方がよいのではないでしょうか。
私自身は上記の理由から、性別を自認によって自由に選択できるという思想はやはり行き過ぎではないかと思います。
教育の現場におけるトランスジェンダーの理解
近年学校でもトランスジェンダーに対する理解が広がってきました。制服も、男女どちらでも選択できるようなユニセックスのものも増えてきました。これらのこと自体はよいことだと思います。
一方で子どもの訴えに対してすぐにトランスジェンダーだと認知してしまう傾向も出てきたように思います。他国ではトランスジェンダーだということで早い段階で性転換手術を行ったものの、大人になってから「やっぱりそうではなかった」と後悔する人が多くいるという事象もあるようです。
「自分はトランスジェンダーだ」という訴えに出会った場合、まずはじっくりと訴えを聞きその葛藤を理解した上で「早急に結論を出すのではなくて、これからゆっくりと時間をかけて考えていこうね。」と伝えることが重要ではないでしょうか。