とらすと通信

とらすと通信2023年6月号「進化心理学をもとに性差について考える(2)」

前回から進化心理学をもとに性差について考えています。今回は男性と女性の幸福感および社会との関わり方の違いについて考察してみたいと思います。

とらすと通信2023年6月号「進化心理学をもとに性差について考える(2)」

男性と女性の幸福感

前回の最後に、男性は「目的志向」の傾向が強く、女性は「関係志向」の傾向が強いと書きました。当然ながらこのことは男性と女性の幸福感の違いに表れてくると考えられます。幸福とは欲求がかなうことであり、男性と女性では欲求の方向に違いがあるからです。

そう考えると、男性は何かの目的を見つけ、それを実現するために努力することに喜びを感じる傾向が強いと考えられます。仕事に過度に熱中するワーカホリックや趣味に熱中しやすいのはどちらかというと男性ではないでしょうか。子どもでも、男の子はSNSよりもゲームに熱中しやすい傾向がある気がします。ゲームのほとんどは設定された課題を達成するように作られています。

一方、女性は何かの目的の実現に向かって努力することよりも、身近な周りの人との良好な関係を続けることに喜びを感じる傾向が強いと考えられます。男性ではあまり見られない「女子会」のようなコミュニティが女性に好まれるのはそのためではないかと思います。また、男の子に比べると女の子の方がSNSのようなコミュニケーションを主体としたメディアに熱中しやすい傾向がある気がします。

「夢に向かって努力することが大事」というメッセージ

現代は教育においても、一般社会においても「夢に向かって努力することが何より重要」とういメッセージが溢れています。学校の入学式や卒業式でのあいさつではこのメッセージが多用されます。テレビドラマなどでもそういうメッセージの表現がよく見られます。例えば「女性が夢の実現のために大好きな人との結婚をあきらめる」というストーリーがよく見られるのですが、どうしても違和感が残るのは筆者だけでしょうか?

もう一度先ほどの文脈から考えると「夢の実現のために努力することが何より重要」というのはより男性的な価値観だと思われます。女性にとっては、夢を見つけてそれを実現することより好きな人と一緒にいることの方がより価値が高いと感じられるのではないでしょうか。

そう考えると教育において「夢に向かって努力することが何より重要」という価値観をあまりに強調するのは、女性に男性的な幸福感を押しつけてしまう可能性があるとも言えます。

ピラミッド型とフラット型

男性と女性では社会組織のとらえ方にも違いがあると思います。

男性は社会組織というものをピラミッド型でとらえる傾向が強いようです。人間関係には上下があり、下から上に行くにしたがって権限と責任が拡大するタテの関係が基本であるという社会組織のとらえ方です。前回書いたように、群れを離れて狩りをするような集団では自然にそのような社会組織が形成され、そういう社会組織の中で行動することを繰り返してきたからです。

一方、女性は社会組織というものをフラット型でとらえる傾向が強いようです。人間関係を上下ではあまりとらえず、権限や責任も違いがないヨコの関係が基本であるというフラットな社会組織のとらえ方です。家族関係や友人関係がそういう社会組織にあてはまります。

現実の社会組織と性差

では、社会において仕事をする集団である会社や官僚機構などはどういう社会組織でしょうか。これらは圧倒的にピラミッド型の傾向が強いと言ってよいと思います。したがって、そういう社会組織で女性が働く場合、男性に比べて圧迫を感じやすいと考えられます。

実際に女性が働きやすいと感じる職場やスポーツの集団などは、上下関係があまり強くないアットホームでフラットな雰囲気のある組織だと言えます。

2011年にサッカーのワールドカップで優勝した「なでしこジャパン」の練習風景などを見ると、非常に和気あいあいとして、選手が監督を呼ぶときもニックネームで呼ぶなど、男性的な感覚からすとある面「ゆるい」雰囲気に見えましたが、それが女性の感覚にはマッチしていたということだと思います。つまり、そういう組織の方が女性の能力は発揮しやすいということだと思います。

女性が幸福を感じられる社会組織

女性が仕事をするのが当たり前の社会になりました。しかし社会組織は依然として男性型のピラミッド構造が大半だと思われます。それは女性の幸福ということを考える上では大きな課題ではないかと思います。社会を運営していく上でピラミッド型が効率的であるのは間違いありません。したがって、それを否定し完全にフラット型の社会を構成するのは無理だと思います。しかし女性が参加する社会を目指し、なおかつ女性が幸福である社会を目指すのであれば「ピラミッド型の構造を基本としつつも、女性の感覚が生かされ能力を発揮しやすいフラット型の要素をある程度持った社会組織」の構築を目指していく必要があると考えます。