以前の通信にも書きましたが、現代は性差というものついてのイメージ(ジェンダー)が混乱している時代です。思春期は性的アイデンティティを確立することが非常に重要な時期ですが、その課題達成に困難を伴うようになっています。そこで今回から進化心理学の立場から性差について考えてみたいと思います。
とらすと通信2023年5月号「進化心理学をもとに性差について考える(1)」
生物学的性差(セックス)と社会的・文化的性差(ジェンダー)
ご存じと思いますが、性差には生物学的性差(セックス)と社会的・文化的性差(ジェンダー)の2種類があります。ジェンダーフリーという言葉は「社会的・文化的に色づけられた性差をできるだけなくしていこう」という思想にもとづいた言葉だと思います。
男性・女性それぞれが持っている特性が生物学的性差(セックス)に由来するものなのか、社会的・文化的性差(ジェンダー)に由来するものなのかを判別するのはなかなかに困難です。フェミニストの中には「身体的な違い以外はすべて社会的・文化的性差(ジェンダー)である」と主張する人も多くみられます。学校現場でもそういう視点から教育が行われる傾向があると思います。
医学的にみた性差(セックス)
一方で、近年は脳生理学分野の研究から、心の働きにおいて男性と女性に生物学的性差(セックス)が見られるということも明らかになってきています。
例えば、空間認知能力は一般に男性が女性より優れていますが、言語能力については女性の方が男性より優れていると言われています。もちろん男性の中にも空間認知が苦手な人もいれば言語能力に優れている人もいます。女性についても同じです。あくまで男性集団、女性集団のそれぞれの平均的な能力を比較しているものです。
このように、体の違いだけではなく、心の面でも社会的・文化的性差(ジェンダー)だけではなく、生物学的性差(セックス)が存在することは事実です。後述しますが、これ以外にも様々な心の機能の違いがあることが指摘されるようになっています。
心の機能における生物学的性差(セックス)が生じてきた理由を説明可能にするのが進化心理学の考え方です。
進化心理学の発想
我々の身体機能は環境への適応を続けてきた結果進化したと考えられます。同様に、心の機能も環境へ適応して進化してきたと考えることができます。これが進化心理学の発想です。
では、人はどのような生活を長く続けてきたのでしょうか。人が森から出て草原で暮らし始め、一定の人数での集団生活が始まったときのことを想定してみましょう。
集団を維持するために重要なことは、一つは狩猟や採集をして食物を得ること。もう一つは子育てをすることです。子育てに関しては「授乳」ができる女性が担当するのが自然な流れになります。必然的に集落から離れて狩猟採集を行うのは男性の役割になっていったと思われます。
集落を離れて遠くまで移動を繰り返すためには、空間認知能力が非常に重要になります。
特に狩猟などを行う場合、重要なのは「獲物を狩るという目的を達成する」ということです。個々のメンバーの考えや欲求よりも目的に向かって集団のメンバーが協力して動くことが最優先事項になります。
そのために有効な集団の構造は、命令を下すリーダーの存在と上下に命令を伝えるピラミッド型の構造です。コミュニケーションも非常に重要ですが、そこで使われる言葉は狩りという目的を達成するために使われます。それ以外の言葉は「無駄な言葉」になるでしょう。
一方、集落にとどまって子育てを行う集団の場合、空間認知能力はあまり重要ではありません。最も重要なのは常に「近くにいるメンバーと良好な関係を維持すること」です。子育てにおいて母親1人で役割を果たすことは非常に困難です。女性同士が協力しあうことでより有効に子育てという課題を達成することが可能になるからです。狩猟採集民の観察からも、母親どうしがお互いに子どもを頻繁に預け合ったりするなど子育てに集団として協力しながら取り組むことがわかっているようです。
そういう集団においてはピラミッド構造よりも「お互いが横並びのフラットな関係性」が有効になります。そして言語は目的を達成するためというより「お互いの関係を維持する」ために多く使われるようになるでしょう。
進化心理学をもとに性差を考える
以上のことを踏まえると男性と女性の心の機能の違いについて次のように考察されます。
男性は関係志向よりも「目的志向」の傾向が強くなります。目的を設定し、課題があれば解決し、目的を達成するために行動することが何より重要だと感じます。したがって、言葉は目的遂行のために使う傾向が強くなります。
女性は目的志向よりも「関係志向」の傾向が強くなります。身近な周りの人と良好な関係が維持されることが何より大事だと感じます。したがって、言葉は関係維持のために使う傾向が強くなります。
女性の話を男性が聞いていると、あまり意味のない話を延々と楽しそうにしているように感じがちです。男性の価値観からすると目的のない会話にはあまり意味を感じないからです。一方、女性の価値観からすると話の中身よりも、会話を続けて関係を維持することが重要なわけですから、男性のように「課題があるならどうすれば解決できるか考えよう」とい目的志向で話をされると非常に息苦しく感じてしまうことになります。
(次号に続く)