スクールワイドPBS(ポジティブ行動支援)に取り組む際の筆者が考える注意点の2番目は「叱る(注意する)」という教育手法との整合性です。
とらすと通信2023年3月号「ポジティブ行動支援(6)PBSと“叱る”」
ポジティブ行動支援(PBS)は「子どもの行動の中の望ましい行動を増やす」という方向でアプローチします。したがって、具体的方法論は「子どもが望ましい行動をとったときにほめる」ということです。そうすると今まで教育の方法論として多用されてきた「叱る(注意する)」ということができなくなってしまいそうですが、どうなのでしょうか?これは実際に教育に携わっている先生方ならどなたも抱かれる疑問だと思います。
「ほめる」と「叱る」
この点に関しては「叱るのはよくない。PBSと叱るという方法論は両立しない」という意見から「ほめることは大事だが叱ることも必要。両立できる」という意見まで、様々な意見があるようです。ポジティブ行動支援(PBS)を実践している方でも「必要な場面では叱ることはためらわない」という方もおられるようです。
筆者自身は「叱る(注意する)という方法はあまり多用しない方がよいが、使う必要もある」と考えています。それは、我々が生きていく上で守るべき行動規範というものが確実に存在すると考えているからです。
「ダメなものはダメ」というメッセージの重要性
例えば「人を殺してはいけない」「人の物を盗んではいけない」「うそをついていけない」・・・などの行動規範があります。これらの行動規範を子どもにはっきりと明確に意識づけさせるのは「ほめる」という方法だけではかなり難しいと思います。むしろ「それはいけないことである」とはっきりと否定のメッセージとして子どもに伝えるべきです。このことについては とらすと通信 2021年5月~2021年8月「行動規範とストレスマネジメント」において詳しく解説していますので、そちらをご一読いただけたらと思います。
叱る(注意する)という方法論を封印してしまうと、この側面を子どもに明確に意識化させることが非常に難しくなってしまいます。
「ほめる」と「叱る」の両立
「ほめる」という方法論と「叱る」という方法論は全く逆のアプローチではあります。したがって1人の指導者が両方の方法論を使うのは矛盾するような気がするものですが、そうではありません。場面によって2つの方法論を適切に使い分ける必要があるだけです。
ちょっと考えればわかることですが、家庭においても学校においても「ほめる」ということと「叱る」ということは両方使われています。今までもそうでした。ただ、今まで「叱る(注意する)」という方法論が多用されすぎてきた面があるので「ほめる」という方法論を強化しようということにすぎないと考えた方がよいのではないでしょうか。
2つの、一見逆方向の方法論を効果的に使うために必要なスキルは、ほめることが必要な場面と叱る(注意する)ことが必要な場面とを見極め、方法論を使い分けるということだと思います。そのためには、指導者側が方法論を使い分ける基準を明確化しておく必要があります。
ほめるスキル・叱るスキル・使い分けのスキル
近年学校現場でも「ほめて育てる」という言葉がよく使われるようになりました。そのように努力している先生方もたくさんいると思います。一方で「ほめて育てる」というスローガンが「叱ってはいけない」というメッセージとして受け取られ、叱る(注意する)ことを躊躇する風潮があるように思います。
ただ、先生方が叱る(注意する)ことに対してあまりに抑制的になっているため次のようなこともよく起こっているように思います。
① はっきり叱られない(注意されない)ので子どもたちの行動基準が不明瞭になる
② 学級の秩序の維持が困難となり混乱が増大。先生のストレスが徐々に蓄積。
③ 先生が感情の抑制が難しくなり必要以上に強い言葉で叱責
④ 学級の秩序は一時的に回復するが、子どもたちの心理的な傷つき・先生への不信感が徐々に蓄積
⑤ ②~④が繰り返され、やがて学級崩壊状態に
教育は総合的に人格を育成する試みであり、一つのスキルだけで達成することは不可能と考えます。むしろ「ほめる」と「叱る」というスキルを両方身につけ「使い分ける」「使いこなす」という発想で取り組むことが必要ではないでしょうか。