スクールワイドPBS(ポジティブ行動支援)に取り組む際、注意すべき点もいくつかあると思います。ここから筆者なりに考えた注意点をとりあげたいと思います。今回は「ストローク」についてです。
とらすと通信2023年2月号「ポジティブ行動支援(5)PBSとストローク」
「ストローク」とは、「交流分析」という精神分析をベースとした心理療法で使われている用語です。人と人とのコミュニケーションにおいて、言葉かけやスキンシップなど、人から与えられるあらゆる刺激をストロークと呼びます。
肯定的ストロークと否定的ストローク
ストロークの分類には、まず肯定的ストロークと否定的ストロークがあります。肯定的ストロークは相手の存在を肯定する働きかけであり、否定的ストロークは相手の存在を否定する働きかけです。ごく単純に考えれば「ほめる」行動は肯定的ストロークであり、「叱る」行動は否定的ストロークと言えます。
ポジティブ行動支援(PBS)は、極力否定的ストロークを使わず「肯定的ストロークを多用することによって子どもの望ましい行動を増やそうとするアプローチ」ということができます。
条件付きの肯定的ストロークと無条件の肯定的ストローク
さらに、肯定的ストロークは「条件付きの肯定的ストローク」と「無条件の肯定的ストローク」に分類できます。
「本人が努力をして一定の成果を達成したときにほめる」というのは、肯定的ストロークが与えられる条件として「努力・成果」が必要ですので、「条件つきの肯定的ストローク」ということになります。例えば、子どもがお手伝いを頑張ったときに「よく頑張ったね。ありがとう。」という言葉をかけるのは、条件つきの肯定的ストロークです。
これに対して、本人の努力やその結果としての成果とは無関係に与えられる肯定的ストロークが「無条件の肯定的ストローク」です。例えば、赤ちゃんがおなかをすかせて泣いたとき母親が抱きかかえ、あやしながらミルクを与える行動などは無条件の肯定的ストロークです。親としては、子どもがおなかをすかせて必死に泣いているのを見て何とかしてあげたいと思ってミルクを与えているわけです。そこには「子どもがただ大切な存在である」という思いがあるだけで、何の条件も存在していません。
この視点でポジティブ行動支援(PBS)における働きかけを見ると、親や教師から見て望ましい行動を子どもがとったときに「ほめる=肯定的ストロークを与える」わけですから、「条件付きの肯定的ストロークによって子どもの望ましい行動を増やそうとするアプローチ」ということができます。
条件付きストロークといい子症候群
最近「いい子症候群」という言葉が時々使われるようになりました。行動はとても素直でいい子ですが、内面では常に親や先生といったまわりの大人などの評価を極度に気にしながら生活をし、成長していく子どもの状態を指しています。
ここで注意が必要なのは「いい子」であることが決して悪いことではないということです。大人から見て望ましい行動がとれることは良いことです。ただ、その動機が「周りからの肯定的な評価を得たい」ということが根本にあることが問題です。周りからの評価は一定しているとは限りません。また常に周りからの期待に応えることが可能とも限りません。そういうことで考えると、いい子症候群に陥った子どもの心理状態は「いつか肯定的評価を失うのではないか」という緊張や不安を抱えることになります。
いい子症候群に陥るのは、大人から与えられるストロークが「条件つきの肯定的なストローク」の割合が非常に高い場合です。そして、ポジティブ行動支援の基本手法は条件付きの肯定的ストロークによって望ましい行動を増やしていくというアプローチです。したがってポジティブ行動支援の手法を取り入れる際に必要になる注意点の一つは、子どもをいい子症候群に陥らせないようにするということだと思います。
子育て・教育のベースに最も必要なもの
子どもをいい子症候群に陥らせないために必要なことは、親や教師からの働きかけのベースに「無条件の肯定的ストローク」が働くということではないでしょうか。つまり、大人から見て決して「いい子」ではなかったとしても「あなたの存在そのものが大事なんだよ」というメッセージが与えられることです。そのメッセージだけが子どもに「自分はここに存在してよいのだ」「自分を肯定してよいのだ」という無条件の自尊感情を育てます。無条件の自尊感情が育った人は気持ちが安定し、ストレス耐性も高くなります。そして無条件の自尊感情をベースにして、さらに「自分の人生にとって望ましい行動がどういうものか」を考え行動を制御していくようになることが重要ではないでしょうか。
以上のことは、ポジティブ行動支援の方法論を否定するものではありません。ただ、ポジティブ行動支援に取り組む際に、その背景(ベース)に「無条件の肯定的ストローク」の存在が重要であるということです。その点を押さえることで、ポジティブ行動支援の効果はさらに大きなものになると思います。