とらすと通信

とらすと通信2022年9月号「ポジティブ行動支援(1)」

先日熊本県内の高校での研修講師依頼がありました。テーマは「ポジティブ行動支援」ということでした。私自身まだ実践したことのない内容も含まれていたため関連資料を集めたり研修会に参加したりして、新しい知見も得ることができました。しばらくそのことについて書いていきたいと思います。

とらすと通信2022年9月号「ポジティブ行動支援(1)」

ポジティブ行動支援とは

アメリカ発の新しい生徒指導の方法論と言ってよいと思います。アメリカでは90年代以降の生徒指導の主流は「ゼロ・トレランス」でした。ルールを細かく定め、ルール違反があった場合には指導や罰則を厳密に適用するという方法です。荒れた状態の学校には一定の効果があったのは確かなようですが、指導に適応できずドロップアウトする子どもが増えるなどの問題が指摘されるようになっていたようです。

その反省に立って研究され実践されてきたのが「ポジティブ行動支援」という方法論です。現在ではアメリカ全体で20%の学校で実践されており、今も広がりを見せているとのことです。

その最大の特徴は、「望ましくない行動を指導する」ということではなく「望ましい行動を増やす」というスタンスです。

離席の多い小学1年生の事例

事例を一つ紹介します。離席の目立つ小学1年生の男子です。はっきりしたことはわかりませんが、若干ADHDの傾向があったのかもしれません。1コマの授業中に数回立ち歩きをしてしまいます。その度に先生が注意をします。注意すると席に戻りますが、しばらくするとまた立ち歩きをしてしまうという状態でした。他の子ども達にも影響が出ることは避けられず、次第に教室全体が落ち着きない状態になりつつあり、担任の先生も困っておられました。先生も注意のしかたを色々と変えてみたり、わざと無視してみたりと工夫をされていましたが、一向に効果が出ず、逆に離席が増えていくようにも思われました。

問題行動によって得られるメリット

このケースのように、指導を繰り返しても改善しない場合には、問題行動が本人にとってのメリットを生じさせている可能性があります。

離席をするタイミングをよく観察すると、先生が本人に注目するのではなく、全体に向かって説明をしだすとしばらくして離席をする傾向があるように思われました。離席をすれば先生が本人に注目します。つまり離席という問題行動をとることによって先生の注目を引くことができるメリットがあるわけです。こういう行動はとりわけ年齢の低い子どもにはよく見られる行動です。

もちろん「注意される」ということは不快に感じられるはずです。しかし、「注目を得られる」というメリットはその不快感を上回っているということでしょうか。

したがって、こういうケースでは「望ましくない行動」に対して、「注意する・叱る」という方法で対処しようとすることで、逆に「望ましくない行動を強化」してしまうことになります。

「望ましい行動」を増やす

そこで、ポジティブ行動支援では発想の転換を行います。「望ましくない行動を減らす」のではなく「望ましい行動を増やす」ようにアプローチするということです。

離席をする子どもも、常に立ち歩いているわけではありません。机に座って学習に取り組んでいる時間もあります。つまり子どものとっている行動は「望ましくない行動(離席)」と「望ましい行動(席に座って学習)」の2種類があるわけです。そしてこの2種の行動は両立しません。座って学習していれば立ち歩くことはできないからです。そこで、現在本人がとっている「望ましい行動=席に座って学習」を増やすようにアプローチします。それが成功すれば結果的に離席という問題行動を減らすことができます。

望ましくない行動を減らすには「注意する・叱る」というアプローチがとられることになりますが、望ましい行動を増やすには「ほめる・認める」というアプローチがとられることになります。

ほめる・認める

従来教育においては「ほめること・認めること」が重要だと強調されてきました。しかしながら、その重要性は認識されていても、実際にはなかなか実践されてこなかったのも事実です。原因の一つは「ほめる・認めるという教育スキルをどのように使えばよいか」ということが十分に理解されていなかったということだと思います。

ポジティブ行動支援の特徴は「ほめる・認める」の効果が最大限発揮できるように方法論を確立した点にあると思います。次回からその点について具体的に紹介していきたいと思います。