人間社会では時として嘘が使われます。嘘はトラブルを回避したり自分の立場や利益を守るために使われる戦略と言えます。しかし前回の「悪口」と同様「嘘」にも大きなリスクがあると思います。
とらすと通信2021年7月号「行動規範とストレスマネジメント(3)嘘をつかない」
戦略としての「嘘」
前回取り上げた「悪口」と同様、現代は「嘘」も蔓延しています。嘘をつくのは人間だけではありません。動物の世界でも「擬態」に代表されるように、相手をだます嘘が頻繁に使われます。つまり、嘘はこの世界に適応していくための「戦略」の一つであると言えます。そして、これだけ頻繁に使われるということは、それが一定の効果を持っているからに他ならないということでしょう。
嘘が使われるのは、ほとんどの場合は自分の利益を守るためです。では、嘘のリスクはどんなものでしょうか?
短期的利益と長期的利益
2013年に神戸大学が興味深い調査を行っています。子どもの時期に親から「嘘をついてはいけない」というしつけを受けたグループと受けなかったグループで大人になってからの年収を比較しました。結果として、「嘘をついてはいけないというしつけを受けた」グループの方が「嘘をついてはいけないというしつけを受けていない」グループより平均年収が約50万円も高いということがわかりました。当時メディアでも取り上げられましたのご存じの方も多いかもしれません。
嘘は自分の利益を守るために使われます。とすれば、嘘という戦略を使う人の方が使わない人の方より収入が高くなるはずです。上記の結果はこのことと矛盾するものです。どういうことなのでしょうか?
このことは、短期的利益と長期的利益という視点で説明できるのではないかと思います。嘘は短期的にみれば自分の利益を守ることに役立ちます。しかし、数年~数十年というスパンで見た場合、嘘という戦略を使う人は非常に重要なものを失うことになります。それは「信頼関係」です。嘘は短期間のつきあいでは相手にばれずに済む可能性が高いです。しかし、長期の人間関係において嘘を繰り返しているとやがてばれてしまいます。人は嘘をつく人を信頼しません。
仕事や経済などの人間の活動も根底は人と人との信頼関係で成り立っています。したがって、嘘を戦略として使う人は次第に信頼関係を失っていき、長期的利益という視点で見た場合には収入も少なくなるということでしょう。
嘘と孤独
収入ということだけではなく、嘘はお互いの信頼関係を壊していきます。したがって嘘を多用する人はやがて孤独になっていきます。ストレスマネジメントにおいて孤独は一番の大敵です。しっかりとした信頼関係が多いほどストレスにも強くなります。それだけ自分の支えが多面的で強力になるからです。
こう考えていくと嘘は確かに短期的には有効な戦略かもしれませんが、長期的視点で見た場合には決して有効とは言えず、非常にリスクの高い戦略と言えると思います。
嘘と自分の心
このように嘘は周りとの関係において「不信」という大きなストレス要因を作ってしまいます。また嘘をついてしまうと「いつかばれるかもしれない」と潜在的な不安が生じます。また、嘘を言うこと自体、自分自身に後ろめたい気持ちを生じさせます。内的にも高いストレスを生じさせると言えます。
悪口と同様「嘘を言わない」という行動規範を自分に課すことが、ストレスマネジメントにおいてきわめて重要だと思います。「嘘を言わない」という行動規範を自分の中に持っていることで、その規範と照らし合わせながら行動を調整していくことが可能になります。