ストレスが高いとき、誰でも悪口を言いたくなることがあります。誰かの悪口を言うと、不思議と気持ちが落ち着くからでしょう。そういう意味で悪口もストレスマネジメントの方策との一つと言えるでしょう。反面、悪口には大きなリスクもあります。
とらすと通信2021年6月号「行動規範とストレスマネジメント(2)悪口を言わない」
悪口の蔓延する世界
現代は悪口の蔓延する世界だと言ってよいと思います。特にネットの中では、匿名性が高いことを背景に気軽に悪口を投稿するという風潮があります。時には芸能人などがネットの炎上が原因で自死するという事象も起こっています。恐ろしい事態だと思います。書き込みをした人は「まさかこんなことになるとは思わなかった」と後悔する人も多いようです。
普段とてもまじめでやさしい態度の子どもたちの中にも、ネットの世界ではあちこちに他者を攻撃する投稿をしている子がいるようです。なかなか表面には出てこないので、どのくらいの割合なのか分かりません。私自身もはっきりはわからないのですが、感触として結構な割合でいるのではないかという気もしています。「学校では周りに気を使って生活している。その反動かもしれないが、ネットで悪口を投稿すると気持ちが落ち着く。あまりいいこととは思わないけれど、そうしないと自分自身を正常に保てない」と語ってくれた子もいました。
悪口と信頼関係
この子のように、悪口を言うことでストレスの軽減が可能です。それは誰しも経験的にわかることと思います。誰かを悪者にし攻撃することはストレスを軽減する最も簡易な方策と言えるでしょう。
一方でこういう事例をよく見かけます。「Aさんは友達のBさんとのやりとりの中でちょっと傷つくようなことを言われました。BさんはAさんが傷ついたことにはまったく気づいていないようです。Aさんは、別の友達のCさんにBさんのことについて悪口(愚痴)を言いました。次の日AさんがBさんに挨拶をすると、無視されてしまいました。最初理由がわからず動揺していたのですが、あとになってCさんからBさんに情報が伝わっていたことがわかりました。」
このような事例は小学校から高校まで頻繁に見かけるものです。このようなケースの場合、本来秘密にすべき情報を簡単に友達に伝えてしまうことも問題です。しかし、それはここでは取り上げないことにします。問題は悪口が人との信頼関係を簡単に破壊してしまうということです。一度悪化した関係を修復するのは非常に大変です。悪口を言うということで、一時的にストレスは軽減されます。しかし、場合によっては相手との関係悪化という大きな外的ストレスを生じてしまうというリスクがあるということです。大抵の場合悪口を言う前に抱えていたストレスよりも大きなストレスが生じます。
では、悪口を言ったということが相手に伝わらなかった場合はどうでしょうか?相手との関係悪化というストレスは生じないかもしれません。しかし、悪口を聞いた人の気持ちを暗くさせます。また悪口を聞いた人は「この人は他人の悪口を口にする人だ」という印象を持ちます。心のどこかでは「もしかしたら自分のことも悪く言っているかもしれない」という疑念を抱くでしょう。よく悪口を言う人を信頼する気持ちになることは難しいものです。したがって、悪口を言っていると、その人は少しずつ周りの信頼を失っていくことになります。長期的にみるとこれは大きなストレス要因となって自分に返ってきます。
悪口と自分の心
このように悪口はストレスを一時的に軽減させるものの、周りとの関係において大きなストレス要因を作ってしまいます。また、悪口を言うこと自体、自分自身に後ろめたい気持ちを生じさせるものです。ストレスで一杯になっているときはなかなかそれに気づきませんが、少し落ち着いたときに振り返るととても後味の悪い気持ちになっていることに気づくものです。つまり悪口は内的にも高いストレスを生じさせると言えます。
行動規範としての「悪口を言わない」
このように、「悪口を言わない」という行動規範を自分に課すことが、ストレスマネジメントにおいてきわめて重要だと思います。やろうとするとなかなか難しいことではあります。ストレスが高くなるとつい誰かを悪く言いたくなるものです。しかし、「悪口を言わない」という行動規範を自分の中に持っていることで、その規範と照らし合わせながら行動を調整していくことが可能になります。子どもたちには、「悪口がなぜいけないか」という理由をきちんと説明して、行動規範として守っていくことを勧めることが必要ではないでしょうか。