とらすと通信

「認知行動療法について(4)」

認知の歪みが修正されただけでは完全に問題が解決したとはいえない場合があります。最終的には行動の変容が起こることが重要です。今回は認知修正よりも行動面の変化に焦点を当てたアプローチを事例を通して紹介します。

とらすと通信2021年4月号「認知行動療法について(4)」

「友達に話しかけられない」

小学6年生のいつき君(仮名)は,若干自閉的な傾向が疑われるお子さんです。クラスメートが親切心で教えてあげたことに対して「バカにされた!」と興奮して教室を飛び出してしまうというようなことが時々起こっていました。そういう出来事の繰返しの結果,クラスメートはいつき君に対して過剰に気を使うようになり,いつき君にあまり話しかけないようにするような雰囲気ができていました。

そんな中で,いつき君からカウンセリングの依頼があり筆者が面接を行うことになりました。いつき君の訴えは明確で「5年生までは自分からクラスメートに話しかけることができたのに,6年になってからは,話しかけると嫌がられるような反応が返ってきそうな気がして話しかけられなくなった。5年生の時のように気楽に話しかけられるようになりたい。」というものでした。
話をよく聞いた結果,いつき君は「頭では話しかけても嫌がられるようなことはないとは思うけれど,今までの経験でどうして嫌がられそうな気がしてしまう」と認識していることが分かりました。

いつき君を取り巻くクラスの状況については,事前に先生方から情報を得ていました。そこから推測すると,いつき君が「嫌がられた」と思っている事象はいつき君自身の特性からくる独特の認知のしかたによる可能性があると思われました。また,いつき君自身の行動がクラスメートのネガティブな反応を引き出している可能性もありましたが,その点については全く認識していないようでした。

まずはハードルの低い行動変容から

しかし,いつき君は「話しかけたら絶対に嫌がられる」という強固な認知を持っているわけではなく「頭ではそんなことはないとは思う」という柔軟な認知を持っていました。そこで,「自分から話しかけることができるようになる」という行動変容ができないか話し合いました。現時点で,自分から話しかけることはかなりハードルの高い行動ですので,もう少しハードルの低い行動はないかいろいろと探るための質問をしていきました。

会話の中で「朝教室に入ったときには何も言わずに黙って座っている」ということがわかりました。そこで「朝教室に入ったときにおはようとあいさつする」ということを提案してみたところ「それならできそう」という返答が返ってきました。そこで,次回のカウンセリングまでに朝のあいさつに取り組むことになりました。その際「やってみようとしてできなかったり,うまくいかないことがあるかもしれないけれど,それは課題が予想より難しかったということだから気にする必要はないよ。その場合はまた別の手を考えればいいからね」と付け加えました。

2週間後に2回目のカウンセリングを行いました。課題に取り組んでみたか尋ねてみたところ「もう問題は解決しました」との返答。ちょっとびっくりして「どういうことなの?」と尋ねてみると「挨拶をするようにしてみた。誰も無視したりはしなかった。そうしたらクラスメートから話しかけてくれるようになった。そのうち自分から話しかけるのに抵抗がなくなった」との返答でした。

その後,フォローアップもかねて数回のカウンセリングを行いましたが,対人関係についてのいつき君の悩みはその後解消したようで「うまくいっています」という返答が続いたため,一応カウンセリングは終結としました。

少しのアクションで良い循環に

このケースは,「あいさつをする」という行動変化を起こしたことで,「過剰に気を使っていたクラスメートが少し気軽に話しかけたりなど好意的な行動をとる」ようになり,それによって本人自身の認知が「話しかけても嫌がられたりはしない」というように修正され,「自分から話しかける」行動がとれるようになったと推測されます。

私自身は,以上のような事例をよく体験しています。行動変容を促すポイントは「できるだけ本人にとってハードルの低い行動を課題とする」ということです。いきなりハードルの高い課題を設定しても,結局実行できない可能性が高いからです。むしろほんの少し行動変化を起こすことで,周りの反応が変化し,それによって本人の認知が修正され,さらに本人の行動の新たな変化が生じる,ということが期待できます。

つまり,因果関係の「悪い循環」から「良い循環」への変化が生じることが期待できるわけです。認知の修正は,「誰かが,”そんなことはない”と説得する」よりも,「自分自身で体験する(話しかけても嫌がられたりはしない)」方がはるかに効果的です。

また,必ず「もし実行できなかった場合は別の手を一緒に考えよう」と伝えておくことにしています。そうすることで,「できなかった。やっぱり自分はだめだ」というように自信喪失を強化することを避けるためです。