とらすと通信

「認知行動療法について(2)」

認知療法の重要なキーワードに「認知の歪み」があります。「事実からかけ離れた認知」と言ってよいかと思います。その一つに「~ねばならない」思考があります。

とらすと通信2021年2月号「認知行動療法について(2)」

「~ねばならない」思考

あるとても活発な小学生のAさん(女子)がいました。グループ活動などでも積極的にリーダーシップを発揮しようとします。しかし,たびたびグループメンバーと衝突し,しだいに孤立するようになっていました。心配した先生が本人と話をしてみると「メンバーが関係ない話ばかりしてちっとも協力してくれない!」と怒りを表明しました。しかし,他のグループメンバーに話を聞いたり,先生が注意して観察していても,そのグループが特にふざけていたり,関係ない話ばかりしていたわけではないようでした。グループメンバーはAさんが突然怒り出したりするので,むしろ困惑しているようでした。

こういう事例はときどき観察されるものです。Aさんは,「話し合いの時は関係ない話はすべきではなく,テーマについて集中すべき」という強い信念を持っているものと推測されます。もちろんその信念が誤っているわけではありません。ただ,多少話が脱線したりするのはごく普通に生じることであり,それが柔軟な発想を生み出すもとになる場合もあることも事実です。

この事例は少々極端なケースではありますが,「~すべき」「~ねばならない」という思考は誰しも持っているものです。それは,成育過程において,周りから「~すべき」「~ねばならない」というメッセージを受け取って内面化していくことで形成されてきたものです。そして,「~すべき」「~ねばならない」思考が内面化されることにより,人は行動をコントロールすることができるようになります。例えば「他人の物を盗んではならない」という規範があります。この思考を身につけることで,欲しいものであっても「盗む」という行動を自然に回避することができるようになります。したがって,非常に有用な思考であるとも言えます。

人生に「~ねばならない」はない

しかしながら,先の事例のように,それが極端に強くなると本人も周りも苦しめてしまうことになります。ここで一度考えるべきことは,人生において,本当に「~ねばならない」ということがあるのか,ということです。実際にはせいぜい「~した方がよい」もしくは「~しない方がよい」ということではないでしょうか?「他人の物を盗んではならない」という行動規範は,「他者の所有権を侵害することで社会が混乱する」「盗みという行動をとると社会から罰せられる」「他者の物を盗るようなことはしたくない」など外的・内的な理由から生じていると思います。そう考えると,実際には「~しない方がよい」という思考の方が現実に近いと思います。「もし他者の物を盗ったら,これこれこういうリスクがある・こういう嫌な気持ちになる」から「しない方がよい」ということです。

「~すべき」「~ねばならない」思考の点検を

A子さんのようなケースでは,本人とよく話し合いもっと楽な生き方ができるような思考に修正をはかる必要があります。その作業ができるためには,教師やカウンセラー自身が柔軟な思考を身につけておく必要があります。誰しも,例えば「他人に嫌われてはいけない」「他人に頼ってはいけない」「どんな時でも常に努力するべき」・・・など,無意識に「~すべき」「~ねばならない」思考を身につけているものと思います。一度自分の中にある「~すべき」「~ねばならない」思考を点検し,それは「~しない方がよい」「~した方がよい」と修正してみることが必要だと思います。その作業をすることで初めて「~すべき」「~ねばならない」思考で苦しんでいる人の思考の修正を手助けできるものと思います。