人の感性や能力は生活する環境に適応していく過程ではぐくまれます。複雑で細やかな環境に対応しながら生活することが,複雑で細やかな感性や能力を発達させると考えられます。
とらすと通信 2020年2月号「感性を発達させる環境とは」
日本人の手先の器用さと「箸(はし)」
日本人は手先が器用であり,ものづくりにおいて非常に繊細な作業を行うことができるという評価があります。手先が器用な原因としてよくあげられるのが,「箸(はし)を使う文化」だということです。二本の棒でさまざまなものをつまみ口に運ぶという作業は,かなり複雑かつ繊細な手と指の動きを必要とします。つまり,複雑な課題に対して訓練されることで,手先が器用であるという日本人の能力が発達したというのです。これは説得力のある説だと思います。
複雑で細やかな環境が繊細な感性を育てる
感性も同じです。子どもが水の中で遊ぶことを考えてみましょう。
プールで遊ぶ場合と,川で遊ぶ場合では,環境の複雑さは全く異なります。プールは水と壁や床以外の構造はなく,ごく単純です。川の場合は,同じ川の中でも場所によって,底が砂であったり大きめの石があったり,水の流れも早かったり遅かったり,魚や虫がいたり,さまざまな違いがあります。その複雑さや比べるべくもありません。川遊びでは,子どもはそういう複雑な環境の中で多様な刺激を受け取り,それに対応しながら感性を育てることになります。同じ水の中の遊びであっても,プールの場合は,川で遊ぶ場合に比べると大雑把な感性しか発達しないと考えられます。
スクールカウンセラーとしていろいろな学校にお伺いしますが,街中の学校よりも自然の豊かな環境にある学校の子どもたちの方がより豊かで細やかな感性を持っているというのが正直な実感です。日常的に接触している環境が影響していることは明らかと考えます。
デジタルと自然
しかしながら,近年は自然豊かな環境で育つ子どもたちでも感性の低下が感じられことがままあります。そういうケースでは,小さいころからゲームやスマホを制限なく与えられていることが多いようです。デジタル機器で与えられる情報は,一見複雑なようですが,実は自然の形態の一部を捨象し,一部分だけを強調したものです。生の自然がもつ複雑さとは比べようもありません。もちろんゲームやスマホを単純に排除すればよいという主張をするつもりはありません。そういうものとの付き合いかたを大人が一緒になって教えながら,自然環境のなかで感性を育てるということを今一度考えてみる必要があると思います。