とらすと通信

「資源の増減ー思いやりの気持ちと行動が資源を増加させる2-」

前回は,「思いやりや祈りが身体を安定させ幸福感を高める」ということを生理学・脳生理学の知見をもとに考察しました。このことは,「争いに勝利した者が多くの資源を得られる」という事実と矛盾するようです。今回はこの疑問に対する答えの一つを「進化心理学」の視点から考察してみたいと思います。

とらすと通信 2018年9月号 「資源の増減ー思いやりの気持ちと行動が資源を増加させる2-」

進化心理学では,この疑問について次のように応えています。ヒトの起源は「樹上から地上に降りたサル」と言われています。なぜ地上に降りたかについては諸説あるようですが,その時一つ大きな問題を抱えました。それは,地上が樹上に比べて大型肉食動物が闊歩するとても危険な場所だったということです。しかし,ヒトは,大きな牙も,鋭い爪も,強い力も持たない種でした。樹上では必要のないものだったからです。

草原での生活が利他的感情を進化させた?

そこで,身を守るためにとられた強力な方法が「他のヒトと信頼関係を結び,協力すること」でした。集団で協力すれば,大型肉食動物から身を守ることもできますし,さらに,協力した狩りによって獲物にすることさえできます。これが,ヒトという種が他の動物にはみられないほど「他者との協力をする」種に進化した理由と思われます。そうすると,「他者と協力することができる」個体ほど生存確率が上がることになります。

もともと「感情」は,環境に適応的行動をとるために進化したものです。例えば「怒り」や「恐怖」は,危害を加えられそうになったとき,戦ったり,逃げたりすることで生存確率を上げるために進化したと思われます。ヒトにおいては多くの他者と協力することが生存確率を大きく高めることになりました。そこで,「他者の幸福を願う」という利他的感情が進化したと考えられます。「思いやりや祈り」という利他的感情が「幸福感」をもたらし,「身体を安定した状態」にするのは,そういう理由があると考えることができます。

利他的行動は潜在的資源を増加させる

また,「社会貢献やボランティア」などの利他的行動は,他者からの感謝や信頼を生みます。それは潜在的資源(潜在的被支援力)を増大させます。つまり「思いやりや祈り」などの利他的な気持ちを持ち,それを「社会貢献やボランティア」という形で利他行動を起こすことは,自分自身の幸福感を高めると同時に自分自身を外から支える潜在的資源を高めるということです。以前書いたように,潜在的資源は,さまざまな困難に直面し高ストレスの状態に置かれたときなどに自分を支える力として働きます。つまりより安全で安心した生活を送ることが可能になるということです。

 

参考文献

『脳科学からみた「祈り」』中野信子(脳科学者),2014年,潮出出版社